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五 質問!(3)
日期:2024-07-30 17:13  点击:305
「もう我慢がならん!」彼は壇上の一角をにらみつけて叫んだ。「チャレンジャー教授、この無知で不作法な妨害をただちに中止していただきたい」 会場は水をうったようにしずまりかえり、学生たちはァ£ンポスの神々が仲間喧嘩をはじめるのを見て、うれしさで体を固くした。チャレンジャーは太った図体をゆっくり椅子から持ちあげた。
「わたしからもお願いがありますぞ、ウォルドロン君」彼は言った。「科学的な事実と厳密に一致しないことを、断定的に述べるのはやめていただきたいものですな」 この一言が嵐をよびおこした。「恥を知れ恥を!」「彼にも意見を述べさせろ!」「つまみだせ!」「壇上から引きずりおろせ!」「公平にやれ!」などという声が、面白半分に、あるいは反感をこめて、会場にあふれた。議長は立ちあがって手を叩き、興奮した泣き声で訴えた。「チャレンジャー教授――個人的な――意見は――後刻」不明瞭なぶつぶつ声の雲の上に突き出た山の頂きは、わずかにこれだけだった。妨害者は一礼して微笑を浮かべ、ひげをしごいてから椅子に腰をおろした。顔をまっ赤にしていきりたったウォルドロンは、ふたたび講演をつづけた。ときどき断定をくだすところへくると、憎々しげに敵手をにらんだが、こっちは例によって楽しそうな微笑を浮かべたまま、どこふく風で狸たぬき寝入りをきめこんでいた。
 やがて講演は終わった――結論がばかに忙しくてまとまりを欠いていたことから判断するに、これは予定よりも早目に切りあげたものらしかった。論旨は支離滅裂しりめつれつで、聴衆はそわそわしながら期待に胸をはずませていた。ウォルドロンが席に帰り、議長が何かさえずると、チャレンジャー教授が立ちあがって演壇の前のほうへ進んだ。わたしは記事にするために、彼の演説を一語一語書きとめた。
「紳士ならびに淑女諸君」彼は依然うしろのほうでつづいている妨害の中で切りだした。
「いや、これは失礼――紳士、淑女、ならびに子供さん方――ついうっかり、聴衆のかなりの部分を占めている人たちを無視してしまったことを、わたしはお詫びせねばなりません」(満場騒然、その間教授は片手をあげ、巨大な頭で同情的にうなずきながら、まるで群衆に祝福をさずける大司教のような態度だった)「わたしはただ今華麗かつ想像力に富んだ講演を行なわれたウォルドロン氏に対して、感謝の動議を提案すべく、選ばれてこの席についたものであります。氏の講演の中には、わたしと意見を異にする部分があり、わたしはそれを指摘することを自分の義務と心得たわけでありますが、にもかかわらずウォルドロン氏は、自身の目的、すなわち氏自身が地球の歴史と考えておられる事柄について、明快で興味深い説明を加えるという目的を、りっぱに果たされたのです。通俗的な講演というものは聞いて非常に面白いものだが、しかしウォルドロン氏は」(ここでにやりと笑って講演者に目くばせし)「無知な聴衆にも理解させようとして内容程度を落とすため、どうしても浅薄で誤解を招きやすくなると指摘しても、きっとお許しくださると思います」(皮肉な拍手)「また通俗講演者はその性質上聴衆にこびる傾向があります」(怒ったウォルドロン氏の抗議のジェスチャー)「彼らは名声と金のために、貧しく無名の研究者がなしとげた業績を食い物にするのです。実験室で得られたごくささやかな新事実、科学の殿堂を築くただ一個のれんがといえども、無駄に時間をつぶすばかりで、何一つ役に立つ成果を残しえない受け売りの解説などよりははるかにましであります。わたしがこの明白な反省をあえて口にしたのは、特にウォルドロン氏を中傷する意図などからでは毛頭なく、諸君が均衡の感覚を失って、高僧と見習い僧をとりちがえるようなことがあってはならないと考えたからであります」(ここでウォルドロン氏が議長に何事か耳打ちし、議長は中腰になって重々しく水さしに話しかけた)「しかし、この問題はもう十分でしょう!」(騒々しく、長ったらしい拍手)「わたしはもっと興味のある問題について語りたいと思います。そもそもこのわたしが、最初の質問者として、わが講演者の不正確さを指摘した問題はなんであったでしょうか? それはある種の動物が今もなお地球上に存在していることについてであります。このテーマに関するかぎり、わたしの態度はアマチュアのそれでも、あえて言うならば通俗講演者のそれでもなく、科学者の良心から発して事実のみに執着する人間の態度であります。こうした前提に立って、わたしは、ウォルドロン氏がいわゆる先史動物を自分の目で見たことがないゆえに、そのような動物は存在しないと断定されるのは間違っていることを指摘したいのです。これらの動物は、ウォルドロン氏も述べられたごとく、まぎれもなく人間の祖先でありますが、同時に、このような表現が許されるとすれば、現在もまだ生きている祖先なのであり、それらが棲息する地域を探し求めるエネルギーと大胆ささえあれば、恐ろしい特徴をそなえたこれら先史動物はかならず現在でも発見できるのです。ジュラ紀に棲息したと考えられる動物、哺乳動物中の最も巨大で兇暴なものでさえ餌としてむさぼりつくしてしまう猛獣は、今もなお生存しているのです」(「ばかを言うな!」「証拠はあるのか!」「どうしてわかった!」「質問!」などの叫び声)「なぜわかったか、というんですか。それは、わたし自身が秘密の棲息地を訪れたからです。この目でちゃんと確めてきたからです」(拍手、叫び声、そして「嘘つき!」という怒号)「わたしが嘘つきだと?」(そうだそうだ、という声)「だれだ、今そうだと言ったのは? わたしを嘘つき呼ばわりした人は、その場に立ってよく顔を見せてくれたまえ」(「ここにいるぞ!」という声につづいて、眼鏡をかけた無邪気そうな小男が、必死で抵抗しながら、学生の一団から無理矢理立ちあがらされた)「きみか、わたしを嘘つきと言ったのは!」(「ちがいます!」とその男は叫んで、ビックリ箱の人形のようにひょいと姿を隠した)「この中にわたしの言葉を疑う人がいたら、会の終了後喜んで話し合いましょう」(「嘘つき!」)「だれだ?」(またしても罪のない者が、必死にもがきながら、高々と胴上げされた)「事としだいによってはわたしのほうから降りて行って――」(「降りてこい、降りてこい!」と合唱がおこり、会はしばし立往生。その間議長は立ちあがってオーケストラの指揮者よろしく両腕をふりまわしていた。教授のほうはまっ赤な顔をして鼻孔をふくらませ、ひげを逆立てんばかりにして、持前の兇暴性を発揮しそうな雲行きである)「偉大な発見者はみな例外なくこのような疑い深さ――まぎれもない愚者の時代のしるしに悩まされてきた。諸君は偉大な事実を目の前に示されると、それを理解するのに役立つ直観も想像力も持ち合わせない。科学の新しい分野を開拓すべく命を賭けた人間に、泥を投げつけることしかできないのだ。諸君は予言者を糾問きゅうもんする。ガリレオ、ダーウィン、そしてわたし――」(長い拍手とめちゃくちゃな妨害) 以上はそのときわたしが急いで書き記したメモからの引用であるが、そのころ講演会が達していた極度の混乱状態のほんの一部しか伝えていない。なにしろ騒ぎのあまりのすさまじさに恐れをなして、数人の婦人客は早くも逃げだしていたほどだ。威厳のある尊敬すべき学界の長老たちまでが、学生たちと同じように興奮にまきこまれていたらしく、白ひげの老人が立ちあがってこの頑固な教授に拳をふりあげる光景も見られた。聴衆は一人残らず沸騰する鍋なべのように荒れ狂っていた。チャレンジャー教授が一歩前に出て両手をふりあげた。この人物の身にそなわる途方もなく大きく、男性的で、人目を惹きやすい何かが、その堂々たるジェスチャーや見くだすような視線とあいまって、会場の喧騒をじょじょにしずめてしまった。彼は何かしら決定的な発言を行なおうとしているらしい。人々は鳴りをしずめてそれを待った。
「わたしは諸君を引きとめるつもりはない」彼は言った。「諸君にそれだけの値打ちはないからだ。真理はあくまでも真理であって、愚かな若僧どもが――それと彼らにひけをとらないほどばかな老人どもが――束になってわめきたてたところでびくともするものではない。わたしは科学の新分野を開拓したと主張し、諸君はそれに反対する」(拍手)「それならひとつ諸君自身にためしてもらおう。諸君の中から信頼のおける人物を一人か二人代表に選んで、わたしの発言を実際にためしてみてはどうだろうか」 老練な比較解剖学の教授サマリー氏が聴衆の間から立ちあがった。長身痩躯そうく、神学者のようにぱっとしない苦りきった人物である。彼はチャレンジャー教授に質問をこころみたいが、今のお話は二年前アマゾン川の上流地方を探検したときの収穫であろうか、と言った。
 チャレンジャー教授はしかりと答えた。
 サマリー氏は、以前その地方を探検したウォレス、ベイツをはじめとする揺ぎない名声を持つ科学者たちでさえ見落したその発見を、チャレンジャー教授はいったいどうやって手に入れたのかと重ねて質問した。
 チャレンジャー教授は、サマリー氏はアマゾンとテムズを混同しているらしい、アマゾンはテムズとは比較にならないほどの大河で、支流のァ£ノコ川だけでも流域は五万マイルにおよぶほどだから、それほどの広大な地域で一人の人間が発見できなかったものを他の人間が発見したとしても別に驚くには当たらない、それを知っていただけばサマリー氏も納得するだろうと答えた。
 サマリー氏は辛辣な微笑を浮かべて、もちろんテムズとアマゾンのちがいは自分もよく知っている、それだからこそ前者についてのいかなる主張も実証できるが、後者の場合は不可能だと述べた。そしてもしチャレンジャー教授が、先史動物を発見した地方の正確な緯度をご教示くだされば感謝にたえないのだがとつけ加えた。
 チャレンジャー教授は、しかるべき理由があってそれを明かすわけにはいかないが、聴衆の中から選ばれた委員会になら、細心の注意を払ったうえで打ち明ける用意があると答えた。ついてはサマリー氏自身この委員会に参加して、直接事の真偽をたしかめる気持はないだろうか?
 サマリー氏、「よろしい、そうしましょう」(万雷の拍手) チャレンジャー教授。「では問題の場所にいたる材料をあなたにお渡しすることを約束します。しかしながらサマリー氏がわたしの発言をたしかめられる以上、公平を期するために、わたしもあなたの発言をたしかめる人間を一人か二人同伴したい。率直に言ってこの旅行には困難や危険がつきまとうから、サマリー氏は若い同僚を同行されるほうがよろしかろう。では志願者をつのってもいいでしょうな?」 人間の一生における最大の危機は、このように思いがけないはずみで生じるものだ。この会場へやってきたとき、わたしは夢にさえ見たことのない危険な冒険に志願して出るなど、考えてもみなかった。しかしグラディスがいる――これこそ彼女の言う絶好の機会ではないだろうか? グラディスなら一も二もなく参加をすすめるだろう。わたしは威勢よく立ちあがった。口を開いて何か言おうとしたが、全然言葉にならなかった。連れのタープ?ヘンリーが、上着の裾すそを引っぱってこうささやくのが聞こえた。「坐れよ、マローン! 人前でばかな真似まねをするな」ちょうどそのとき、数列前の席から、濃こいしょうが色の髪をした、痩せて背の高い男が立ちあがるのが見えた。その男は鋭い怒ったような目つきでわたしのほうをふり向いたが、こっちも負けてはいなかった。
「わたしが行きます、議長」と、わたしは何度もくりかえした。
「名前を言え、名前を!」と聴衆が叫んだ。
「エドワード?ダン?マローン。『デイリー?ガゼット』の記者です。絶対中立の証人となることを誓います」「あなたのお名前は?」と、議長がわたしの長身のライバルにたずねた。
「ジョン?ロクストン卿。アマゾンへは前にも行った経験があって地理に明るいから、この調査団に加わる適任者だと思います」「スポーツマンおよび旅行家としてのジョン?ロクストン卿の名声は、もちろん世界的なものです」議長は言った。「同時にこのような探検隊には新聞記者を加えることも適当かと思います」「ではわたしから提案しよう」と、チャレンジャー教授、「いっそこのご両人を今夜の会の代表に選んで、サマリー教授の調査行に同行させると同時に、わたしの発言の真実性について報告していただいてはいかがだろうか」 こうして叫び声と拍手の中でわれわれの運命は決定され、わたしは出口に向かう人波に押し流されながら、突然目の前に開けた新しい大計画になかば茫然となっていた。ホールの外へ出たとき、一瞬歩道上で学生たちの笑い声がおこり、その中で重い傘をふりまわしている一本の腕が上下するのが見えた。やがて、うめき声と拍手かっさいの中から、チャレンジャー教授の電気自動車がすべりだし、わたし自身は、グラディスのことと自分の将来に関する思いで頭をいっぱいにしながら、リージェント?ストリートのにぶ色の街燈の下を歩んでいた。
 突然だれかがわたしの肘ひじに手を触れた。ふりかえってみると、わたしと一緒にこの未知の探検行に志願した長身の人物の、ユーモラスな人を人とも思わぬ目があった。
「マローン君、でしたな」彼は言った。「おたがいこれからは仲間同士です。ぼくの家はこの通りを行ったところ、オールバニーなんですよ。よかったら三十分ほど時間をさいてくれませんか。きみにどうしても話したいことが二、三あるんです」
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