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六 神の鞭 ジョン?ロクストン卿(3)
日期:2024-07-30 17:15  点击:213
ぼくは古ぼけたゴルフボールみたいなもんで、とっくに白ペンキがはげ落ちてしまった。
人生というプレイヤーがこのボールをいくら強くひっぱたいても、もう痕跡さえ残らないんだ。しかし、スポーツ的なスリルというやつは人生の塩味だ。これがあればもう一度生きるに価する。今の生活はあまりに口当たりがよくて、退屈で安楽すぎるからね。広漠たる荒野さえ与えてくれれば、銃を手に持って価値あるものを探し求めよう。これまでに戦争も障害競争も飛行機もやってみたが、大酒飲んで酔っぱらった夜の夢に出てくるようなこの猛獣狩りだけは、まだ一度も経験したことのない楽しみだよ」彼はその日を予想してうれしそうに笑った。
 たぶんわたしはこの新しい友人の紹介に少し手間をとりすぎたかもしれない。しかしこれからかなりの期間を仲間としてすごすのだから、一風変わった人柄や、話し方、考え方の特徴なども含めて、できるだけ最初の印象を忠実に記すよう努力した。わたしは講演会の結果を報告する必要にせまられて、ようやく彼に別れを告げた。腰をあげたとき、彼はピンクの明りの中に坐って、お気に入りのライフルに油をくれながら、未来の冒険のことを考えてひとり笑いをしていた。危険に直面したとき、相棒としてこれほど冷静で勇敢な人間はイギリス中探しても見当たらないだろうと、わたしは確信した。
 その夜、異様な事件の連続でくたくたに疲れきったわたしは、部長のマッカードルと一緒に腰をおろして、事の次第をつぶさに報告した。マッカードルはこれを大事件だと判断して、翌朝主筆のサー?ジョージ?ボーモントに話すことにした。とりあえずわたしが探検行の詳細をマッカードル宛ての連続書簡の形で書き送り、それを『ガゼット』に連載するか、あるいは一時さしとめておいて、あとでチャレンジャー教授の希望する形で発表することだけを申し合わせた。未知の国への道案内とひきかえに、教授がどんな条件を示すかがわからなかったからである。電話でその点を問い合わせてみたが、新聞に対する悪口を聞かされ、出航予定を連絡してくれれば出発までに道順を書いたものを渡すという以外、何一つ要領をえなかった。再度の問い合わせにはついに教授の返事さえ得られず、それでなくてさえ癇癪かんしゃくをおこしかけている主人を、これ以上怒らせないでくれという意味の苦情を、奥さんからちょうだいしただけだった。その日遅く三度目の電話をかけたところ、恐ろしい物音につづいて、中央交換台からチャレンジャー教授の受話器がこわれたという連絡があった。われわれは仕方なく教授との連絡を断念した。
 さて、忍耐強い読者よ、わたしはこれ以上みなさんに直接語りかけることができない。
これから先きは(もしこの話の続きがみなさんのもとに達するとしての話だが)『ガゼット』を通じて知っていただくより他はない。古今を通じて最も注目すべき探検旅行となるかもしれないこのたびの出来事の発端を、わたしは編集長宛てに書き送ることにする。そうすればかりにわたしがイギリスへ戻らなくても、この事件が持ちあがった事情の記録だけは残る。わたしは今この最後のくだりをブース汽船の『フランシスカ号』の談話室で書いているが、やがて水先案内人を通じてマッカードル氏の保管にゆだねられるものだ。最後にこのノートを閉じるに当たって、もう一つだけ目に浮かんだ光景を描かせていただきたい。それはこの旅にたずさえて行く祖国イギリスの最後の思い出だ。晩春のじめじめした霧の深い朝で、冷たいこぬか雨が降っていた。雨に濡れて光るレインコートを着た三人の男が、巨大な客船のタラップに向かって歩いて行く。その船からは出帆信号旗がひらめいている。彼らの前を、トランク、梱包、銃器ケースなどを山積みした手押車を押しながら、ポーターが歩いて行く。長身の憂鬱そうなサマリー教授は、早くもこうなったことを深く後悔しているかのように、首うなだれ足を引きずるようにして歩いている。ジョン?
ロクストン卿はきびきびした足どりだ。痩せた精力的な顔が、ハンチングとマフラーの間で微笑している。わたし自身について言えば、準備に忙殺されて、別れの悲しみを忘れていられたのは幸いだった。それは疑いもなくわたしの態度にあらわれていたにちがいない。われわれがちょうど船までたどりついたとき、突然背後で叫ぶ声が聞こえた。見送りを約束していたチャレンジャー教授だった。癇癪持ちのあから顔で、息をはずませながら追っかけてきた。
「いや、結構」彼は言った。「船には乗らんほうがよろしい。ほんの一言伝えるだけだから、ここでも用は足りる。今度の旅行のことで、わたしに貸しを作ったなどとは夢にも思わんでくれたまえ。わたしにとってこれはまったく取るに足らない問題であり、かりにも感謝の気持など抱いておらぬことを承知しておいていただきたい。真実はあくまで真実であって、諸君の報告いかんで変わるようなものではない。ただ、それが愚かな大衆の感情を刺激し、好奇心を満足させはするかもしれんが。道順はこの封筒の中に入っている。アマゾン河畔のマナウスという町に着いたら開封してもいいが、表に書いてある開封の日時は厳重に守ってもらいたい。おわかりかな? 諸君の名誉にかけて、約束はたがえんようにしてくれたまえ。ただし、マローン君、きみの通信はいっこうにさしつかえんよ、事実を公表することがきみの旅行の目的なんだからね。しかし目的地は伏せておくこと、帰国するまで公表はさし控えること、これだけは承知しておいてもらいたい。ではお元気でな。きみは、不幸にしてきみが従事するいまわしい職業に、わしが抱いていた反感を、いくぶんなりともやわらげてくれた。それからジョン卿、おそらくあなたは科学の門外漢だろうと思う。だが、前途に横たわるすばらしい猟場は、この上ない贈物となるだろう。
きっと『狩猟界フィールド』あたりに、突進するダイモルフォドンを仕止めた手柄話でも書くことになる。それからサマリー教授もお元気でな。まあ今からでは無理かと思うが、もし万一自己改善の能力があるとすれば、あなたもロンドンへ帰るころは少しは賢くなっていることだろう」 言い終わって、彼はくるりと背を向けた。間もなくデッキの上から、彼のずんぐりした姿がひょこひょこ揺れながら、列車に乗るために遠ざかって行くのが見えた。さて、船は今ドーヴァー海峡をすぎたところだ。手紙を集める最後の鐘が鳴って、水先案内人が下船する時間だ。あとは「昔ながらの船路にそって、水平線のかなたに消えて行く」のみだ。
あとに残してきたすべてのものに、神よ祝福をたれたまえ。そしてわれらを無事帰国させたまえ。
 
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09/22 03:50
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