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九 夢にも思わなかったこと(6)
日期:2024-07-30 17:22  点击:251
「やったぞ! ついにやったぞ!」
 わたしは心配しながら彼を見守った。何か恐ろしい運命が、背後の緑の中からとびだしてきて彼を襲うのではないかという漠然としたおそれがあったからだ。しかし、一羽の不思議な色をした鳥が足もとから飛び立って木々の間に姿を消したほかは、これといって変わったこともおこらなかった。
 二番手はサマリーだった。一見ひよわそうな体つきの割には、すばらしく強靱きょうじんなエネルギーだった。自分が向こう側へ着いたら、チャレンジャーにも武器を渡せるようにと、銃を二梃背負って行くことを主張した。三番手がわたしで、途中で眼下の恐ろしい深淵に目を向けないようにつとめた。サマリーが銃の床尾をさしのべてくれ、つぎの瞬間には彼の手にすがりついていた。しんがりのジョン卿は歩いて渡った――何一つ支えになるものもないこの橋を、実際に歩いて渡ったのである! きっと鉄のような神経を持っているのにちがいない。
 かくてわれわれ四人は、メイプル?ホワイトの夢の国、失われた世界に足跡をしるした。一人一人がこれこそ最高の勝利の瞬間だと感じていた。実はこれが最大の惨事の序曲だなどと、いったいだれが予想しえただろう。破壊的な一撃がわれわれを襲った事情については、ごく簡単に説明しておこう。
 深い茂みをかき分けて崖の縁から五十ヤードほど奥のほうへ踏み入ったとき、背後から、バリバリッという恐ろしい音が聞こえてきた。われわれは本能的に今きた道を引きかえした。橋が消えているではないか!
 身を乗りだしてのぞいてみると、はるか崖の真下にもつれ合った枝のかたまりと砕け散った幹の部分が見えた。まぎれもなくわがブナの木である。三角岩の頂上の平地がくずれて橋が落ちたのだろうか? 一瞬だれもがそう考えた。つぎの瞬間、三角岩の向うはずれから、浅黒い一つの顔、混血のゴメスの顔がゆっくりと現われた。確かにゴメスにはちがいないが、それまでの静かな微笑を浮かべた仮面のように無表情なゴメスではない。目は血走り、醜くゆがんだ顔、憎しみと復讐をしとげた喜びでひきつった顔がそこにはあった。
「ロクストン卿!」彼は叫んだ。「ジョン?ロクストン卿!」「なんだ。ここにいるぞ」 けたたましい笑い声が谷間を越えて響きわたった。
「そうだ、確かにそこにいるとも、イギリスの犬めが。おまえは永久にそこへ残るのだ! とうとう待ちに待ったチャンスがやってきた。登るのにずいぶん苦労したが、降りるのはもっとむずかしいぞ。間抜けどもが、みんな罠にかかったのだ!」 われわれはあまりの意外さに口もきけなかった。ただ荘然として突っ立っていただけだ。草の上に太い折れた枝が見えたので、それをてこに使って橋を落したことがわかった。ゴメスの顔はいったん消えたが、やがて前よりもいっそう狂気じみた表情でもう一度現われた。
「洞穴のところでも、石を転がしてもう少しでおまえたちを殺すところだった」彼は叫んだ。「しかしこのほうがいい。じわりじわりと死が近づいてくるのが一番恐ろしいだろう。やがておまえたちはそこで白骨になる。こんな場所はだれも知らないから、骨を拾いにくるやつもいない。いよいよ死が近づいたとき、五年前にプトマヨ川で、射ち殺したロペスのことを思いだすがいい。おれはそのロペスの弟だが、兄の復讐をとげた今なら、何がおこっても安心して死ねる」彼はきちがいのように片手をふりまわし、それっきりあたりは静かになった。
 この混血土人が復讐計画を実行したあとさっさと逃げだしていれば、何も問題はなかったのである。ところが、大見得を切りたいというラテン民族特有のばかげた、抵抗しがたい衝動がわざわいして、彼は足を踏みすべらしてしまったのだ。南アメリカの三国を通じて、神の鞭という威名をとどろかせたほどのロクストンのことだから、ゴメスの悪罵をおとなしく聞き流すはずはなかった。ゴメスはすでに三角岩の向こう側を下りにかかっていた。だが彼が平地に達する前に、ジョン卿は崖の縁にそって走り、相手の姿が見える場所を探しだした。ライフルがカチッと音をたてた。そしてわれわれの目には何も見えなかったが、絶叫につづいて、はるか下方から人間の体が墜落するドサッという音が聞こえてきた。ロクストンは顔色ひとつ変えずに戻ってきた。
「わたしはうかつな愚か者だった」彼は苦々しげに言った。「わたしが間抜けだったばかりに、みなさんにこんな迷惑をかけてしまった。あの連中が身内の恨みをいつまでも忘れないことを、絶えず念頭においてもっと用心すべきでした」「もう一人はどうなったんですか? あの橋を落とすには、二人がかりでなければ無理でしょう」「その気になれば射つこともできたが逃がしてやったのさ。もう一人はこれとは無関係かもしれないからね。しかしやっぱり殺したほうがよかったかもしれんな。きみの言うように手をかしていたとも考えられる」 ゴメスをこの行動に駆りたてた理由がわかってみると、彼の挙動にいろいろ思い当たるふしもあった。絶えずわれわれの計画を知りたがったこと、テントの外で立ち聞きしていてつかまったこと、時おりだれかが見かけた憎しみの表情など、みなそれである。われわれがなおもそのことを論じ合いながら、新事態に対処すべく知恵をしぼっているときに、下界でおこった妙な眺めがわれわれの注意をひいた。
 生き残りの混血としか考えられない白服の男が、まるで死神に引きずられるような恰好で走っている。そのあとから数ヤードの間隔で走ってゆくのは、われわれの忠実な従者であるサンボの黒檀こくたん色の巨体だ。彼は見るうちに逃げる男に追いついて、首に両手をかけた。二人はそのままの姿勢で地面に倒れた。一瞬後サンボがおきあがった。ぐったりした男を見おろし、それから、うれしそうに手をふりながらこっちのほうへ走ってくる。白服は広大な平原のまん中にぴくりともせず横たわっていた。
 二人の反逆者は死んだ。しかし彼らがやった悪事は死後も尾を引いている。われわれはどうやっても三角岩まで帰れそうにない。ついさきほどまで世界の住民だったわれわれが、今は台地の住民になってしまった。この二つの間には決定的な距離がある。向こうにはカヌーを隠した場所に通じる平原がある。紫色のもやにかすんだ地平線のかなたには、文明世界に通じる川がある。しかし二つの世界をつなぐ橋はもうないのだ。われわれのいる場所と過去の生活の間に口をあけた巨大な裂け目に、人間の知恵で橋をかけることはできそうにもない。われわれの存在条件は一瞬にして変わってしまったのだ。
 この事態に直面したとき、わたしは三人の同行者の性格を知った。彼らは疑いもなく威厳があって思慮深いが、とりわけ無類の沈着さをそなえていた。さしあたり茂みの中に腰をおろして、辛抱強くサンボを待つほかはない。間もなく彼の黒い正直そうな顔が岩かげから現われ、たくましいヘラクレスのような巨体が三角岩の頂上に浮かびあがった。
「どうすればいいですか?」と彼が叫んだ。「なんでも言われた通りにします」 質問するほうは楽だが答えるほうは簡単にはいかない。一つだけはっきりしていることがあった。サンボは外界との信頼できるつながりなのだ。この男なら絶対にわれわれを見すてないだろう。
「いやいや! わたしは逃げません。何があってもここにいます。しかしインディアンどもは引きとめておけません。もうこのあたりにはクルプリが住んでいるから部落へ帰るとかなんとか、いろんなことを言ってます。わたしの力ではとても引きとめておけません」「せめて明日まで待たしておくんだ、サンボ」わたしは叫んだ。「手紙を運んでもらいたいんだ」「承知しました。かならず明日まで待たせておきます。しかしわたしは今何をすればいいんですか?」 してもらいたいことはいろいろあったし、事実この忠実な男はりっぱにそれをやってのけた。まず最初に、われわれの指示に従って、切株からロープをほどいて一端をこちら側に投げた。太さは洗濯綱程度だがたいそう丈夫なロープだった。橋の代用にはちょっと無理だが、山登りの必要があるときは測り知れないほど役に立ちそうだ。サンボがこのロープにすでに運びあげておいた食糧の荷をゆわえつけ、われわれのほうで引きとった。かりにそれ以外の方法が見つからないとしても、これで最低一週間は生きてゆける。やがてサンボはいったん下におりて、いろんな物資――弾薬箱一個ほかさまざまな品物――のつまったほかの荷を運びあげた。これらもロープのやりとりで無事われわれの手に入った。
夕方になって、ようやく彼は三角岩からおりていった。翌朝までインディアンたちをつなぎとめておくことを確約して。
 こういう次第で、わたしは一本のろうそくを頼りにこれまでの出来事を書き記すために、台地での第一夜をほとんど眠らずにすごした。
 われわれは崖の縁で夕食をとり、野営した。荷物の中に入っていた二本のアポリナリス鉱水でのどの渇きをいやした。とにかく飲料水を探すことが必要だったが、ジョン卿でさえ一日にしては多すぎるほどの冒険で疲れていたらしくて、だれ一人奥のほうへ入ってみようと言いだす者はなかった。火を焚いたり不必要な物音をたてたりすることは厳重につつしんだ。
 明日は(これを書いている今はもう明け方だから、今日はというほうが正確かもしれない)秘境への最初の探検をこころみることになるだろう。このつぎはいつ続きを書けるか見当もつかないし、あるいはこれが最後になるかもしれない。とにかくインディアンたちはまだ元の場所にいるようだし、間もなく忠実なサンボが手紙を受けとりに三角岩へのぼってくることだろう。今はただ手紙が無事に届くことを祈るだけだ。
 追伸――われわれのおかれた状況は、考えれば考えるほど絶望的に見えてくる。帰れそうな見込みはまずない。台地のはずれに大きな木でもはえていれば橋をかけなおすこともできようが、五十ヤード以内にそんな木は見当たらない。四人の力を合わせても、橋の役に立つほどの大木をどこからか運んでくることは不可能だろう。もちろんロープは短かすぎて、それを伝っておりることもできない。どう考えても、われわれの立場は絶望的だ――そうとしか言いようがない!
 
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