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十 不可思議な事件(1)
日期:2024-07-30 17:23  点击:289
十 不可思議な事件
 このうえなく不可思議な事件がおこり、今もまだつづいている。わたしの持っている紙といえば、古いノートが五冊にあとはバラ紙だけである。筆記用具も鉄筆型万年筆が一本あるだけだ。だがわたしはこの手の動くかぎり経験や印象を書きつづけるつもりである。
このような不思議を見る機会に恵まれたのは、全人類の中でわれわれだけなのだから、記憶が色あせないうちに、身辺に迫った恐ろしい運命がいよいよわれわれを襲わないうちに、それを記録にとどめておくことが絶対に必要なのだ。サンボがこの手紙を川まで持って行ってくれるか、わたし自身何か奇蹟的なことがおこって自分で持ち帰れるか、あるいは大胆な探検家が、改良された単葉機をかってわれわれの足跡を偶然発見して、この一束の手記を手に入れるか、いずれにしても今わたしの書いているものが、真の冒険談の古典として、将来不滅の地位を獲得することを信じて疑わない。
 ゴメスの奸計によって台地に閉じこめられた最初の朝、われわれの新しい経験がはじまった。最初の事件は、われわれが迷いこんだこの場所について、あまりよい印象を抱かせるものではなかった。朝方ほんの少しまどろんだあとで目をさますと、脚の上に妙なものが見えた。ズボンの裾すそがめくれあがって、むきだしの脚に紫色をした大粒のブドウが一個のっかっていたのである。ぎょっとして身をおこし、それをとりのけようとしたところ、恐ろしいことに人さし指と親指の間でパチンとはじけとんであたりに血がとび散った。わたしの悲鳴を聞いて二人の教授が駆けつけてきた。
「これは珍しい」と、サマリーがわたしのすねをのぞきこみながら言った。「大きな吸选±ニだが、どうやら新種らしい」「これが探検の最初の成果というわけだ」チャレンジャーが大きなもったいぶった声をはりあげた。「さしずめイクソデス?マローニとでも命名しなくてはなるまい。こいつに噛まれたことなど、動物学の不滅の記録に名を残す栄誉にくらべたら物の数ではないぞ、マローン君。ただこの満腹したすばらしい標本をひねりつぶしてしまったのは残念だったな」「いやらしい虫けらめ!」
 チャレンジャー教授は抗議するように眉をつりあげ、わたしの肩にそっと片手をおいた。
「きみも科学的観察眼と客観的な科学精神を養わなくてはいかんな。わしのような学者肌の人間には、針のような口吻とふくれあがった腹を持つこの吸选±ニも、クジャクか北極のオーロラのように美しい自然の創造物と見える。きみがこのような悪口を言うのは聞くにたえん。ま、注意していればきっとまた標本が手に入るだろう」「その点は疑いない」サマリー教授が冷静そのもので言った。「たった今きみの襟首の中にも一匹もぐりこんだところだ」 チャレンジャーは牛のようなうなり声を発してとびあがり、きちがいのように上着とシャツをかきむしって脱ぎすてた。サマリーとわたしはあまりのおかしさにほとんど手助けもできなかった。ついに彼の巨大な胴体(仕立屋ではかれば五十四インチはあるだろう)がむきだしになった。全身をおおう黒い毛のジャングルから、迷いこみはしたもののまだ食いつくところまでいっていないダニをつまみだした。どうもこのあたりの茂みは恐ろしいダニの巣らしく、野営地をほかへ移さねばならないようだ。
 だがそのまえにまず忠実なサンボと打ち合せをしておかなくてはならない。間もなく彼はココアやビスケットの罐をたくさんかついで三角岩に現われ、それらをこちら側へ投げてよこした。まだ下に残っている食糧のうち、彼がこれから二か月間食いつないでゆくだけを残して、ほかはインディアンたちへの報酬および手紙をアマゾンまで運ばせる手間賃として与えるよう指示した。数時間後インディアンたちが遠くの平原に一列になって、それぞれ頭の上に一個ずつ包みをのせながら前にきた道を戻ってゆくのが見えた。サンボは崖下の小さなテントを占領して、そこでわれわれと外界との橋渡しをすることになった。
 さて、いよいよ次の行動を決定しなければならない。まず深い茂みの中から、四方を立木で囲まれたせまい空地へ移動した。空地の中央には平べったい岩があり、すぐ近くにきれいな湧き水も見つかったので、この居心地のよい清潔な場所に腰をおろして、新世界探検の最初の計画をねった。まわりの木の枝では鳥がさえずっていたが――とりわけ今まで聞いたことのないホーホーという妙な鳴き声が耳についた――それ以外に生物のいる気配はなかった。
 最初にしなければならないのは、手もとにある物資の明細を作ることだった。それによって今後どこまでがんばれるかがはっきりする。われわれ自身が運んだものと、サンボがロープで送りこんだものを合わせれば、さしあたりは十分すぎるほどだった。周囲にひそむ危険と考え合わせて最も重要なことは、ライフルが四梃と千三百発の弾丸、それに散弾銃が一梃あることだった。ただし散弾銃の小型薬包は百五十発しかなかった。食糧のほうは優に数週間はもちそうだし、ほかに十分な煙草と、大型望遠鏡に優秀な双眼鏡を含めた科学器具もいくつかある。これらを全部空地にまとめて、第一の用心として手斧やナイフでとげのある灌木をたくさん切って直径十五ヤードほどの円陣を築きあげた。これが当座の作戦本部――突然危険に襲われたときの避難所や物資の貯蔵所にもなるはずの場所だった。ここはチャレンジャー砦とりでと名付けられた。
 砦が完成しないうちに正午になったが、日ざしはそれほど強くなく、概してこの台地は気温も植物も穏和な相を示していた。われわれの周囲の林にはブナ、カシ、それにカバの木まである。一本だけ他にぬきんでたイチョウの大樹が、砦の上に枝や葉を拡げていた。
その日かげで論議をつづけているとき、作戦段階でたちまち主導権を握ったジョン卿が自分の意見を述べた。
「人間にも動物にも姿を見られたり物音を聞きつけられたりしないかぎり、われわれの身は安全です。問題はわれわれがここにいることを相手に知られてからだが、今のところまだ気づかれたようすはない。したがって、しばらくはここに身をひそめながら外のようすをうかがうのが上策だと思います。何はともあれ往来がはじまる前に相手をじっくり観察する必要があります」「だがわれわれは前進しなくちゃならない」と、わたしが思いきって言った。
「その通りだとも、坊や! 前進はするさ。ただし良識ある前進をね。本拠地に戻れないほど遠くまで行ってはいけない。とりわけ命にかかわるとき以外は決して発砲してはいかんよ」「そういうきみがきのう発砲したではないか」とサマリーが言った。
「あれはやむをえなかったのです。しかし強い風が台地のほうから外へ吹いていたから、台地の奥まではおそらく聞こえなかったでしょう。ところで、この台地をどう呼びますかね? 名前をつけるのはわれわれの役目だと思いますが」 なかなか愉快な名前がいくつか候補にあがったが、チャレンジャーのが決定的だった。
 
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