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十二 森の中の恐怖(3)
日期:2024-07-30 17:33  点击:256
 そんなことを考えながら斜面をのぼって、キャンプと湖のちょうど中間ぐらいまでたどりついたとき、背後に不思議な音を聞きつけてふとわれにかえった。いびきとも捻り声ともつかない、低くこもった、何か背筋の寒くなるような音だ。明らかに恐ろしい動物が近くにいるらしいのだが、姿が見えないので、わたしは足どりを速めた。半マイルほどいったところで、またもや声が聞こえた。依然としてうしろのほうからやってくるが、今度は音も大きく、ますます威嚇的である。正体はなんであれ、そいつがわたしを追っかけてくるという考えが心に浮かんだとたんに、心臓が止まるような恐怖に襲われた。肌にあわが生じ、髪の毛が逆立った。この怪物たちがおたがい同士で引き裂き合うのは奇妙な生存競争の一部としてうなずける。しかし彼らが現代の人間に立ち向かい、意識的にすぐれた人類のあとをつけ、追いつめるとなると、考えるだけでも耐えがたいほど恐ろしいことだ。
わたしはふたたびジョン卿のたいまつに照らされた血だらけの顔を思いだした。まるでダンテの地獄の最も深いところから現われたような恐ろしい顔だった。わたしは膝をがくがくさせながら、大きく目を開いて月に照らされた小径をふりかえった。夢の中に現われる風景のように音のない世界だった。銀色の光に洗われた空地、黒い茂み――それ以上は何も見えなかった。やがて、静寂をつらぬいて、例の低い喉にかかったしゃがれ声が、いよいよ近くから聞こえた。ぞっとするような緊迫感がみなぎる。もはや疑う余地はない。何かがわたしを追いかけてくる。しかもそいつは刻一刻近づいてくるのだ。
 わたしはさきほど通ってきた地面をじっと見つめながら、まるで化石したように立ちどまっていた。たった今通ってきたばかりの空地の向こうはしで、茂みの揺れ動くような気配がする。大きな黒い影が月明りに照らされた空地にひょいととびだしてきた。ことさら「とびだしてきた」という表現を用いたのは、その動物がカンガルーのように大きな後足で立ち、前足は体の前で曲げていたからである。物すごく大きな図体をしており、力も強そうで、まるで二本足で立った象のような感じだったが、それでいて動作は思いがけず機敏だった。姿を見た瞬間おとなしい禽竜であってくれればいいと思ったが、いかにわたしが無知とはいえ、まったく違う動物だということがすぐにわかった。三本指で草食性の鹿のような顔をした巨大な禽竜と違って、そいつはキャンプにやってきたのと同じようにだだっぴろい、ずんぐりしたひきがえる面をしている。その猛々しい叫び声と執念深さから判断して、かつて地球上に存在したもっとも兇暴な肉食性の恐竜であることは間違いなかった。そいつは歩きながら約二十ヤードごとに前足を地面におろして鼻面をすりつけた。わたしの匂いをたどっているのだ。時おり足跡を見失うらしいのだが、すぐまた見つけだして、わたしの通った小径をすばやく追いかけてくる。
 今でもこの悪夢を思いだすと額に汗がにじみでる。どうすればいいのか? なんの役にも立たない鳥射銃が手にあるだけだ。そんなものはなんの助けにもならない。岩か木はないかと必死であたりを見まわしたが、目のとどくかぎりの茂みには若木しかない。ふつうの大きさの木だったら、この怪物はまるでアシか何かのようにへし折ってしまうだろう。
結局逃げるしか手はない。でこぼこの地面では速く走ることもできないが、必死であたりを見まわすと、前方に踏み固めた小径がくっきりと浮かびあがった。前にもこういう野獣の通り道を見たことがある。脚は速いほうだし体の調子も上々だから、逃げればなんとか助かるかもしれない。役に立たない銃を投げすてて、後にも先きにも例のない半マイルを夢中で走りだした。脚が痛くなり、息切れがし、喉は空気を求めてはり裂けるのではないかと思ったが、とにかく追い迫る恐怖からのがれるために無我夢中で走った。ついにもう一歩も動けなくなって立ちどまった。一瞬無事に逃げおおせたかと思った。うしろの道では物音一つしない。と思う間もなく、突然物すごい地響と荒々しい息づかいとともに、怪物がふたたび追いすがってきた。しかもすぐ背後に迫っている。わたしは進退きわまった。
 逃げだすまえにあんなに手間どっていたのは、今にして思えば正気の沙汰ではなかった! その間相手は匂いだけでわたしのあとをつけていたのだから、速度もにぶかったのだ。だがふたたび走りだそうとするところを、相手に見られてしまった。今度はわたしの姿を見ながら追いかけてくるわけだ。一本道だからもう姿を見失うこともない。角を曲がって姿を現わした怪物は、すばらしい勢いでとびはねながら進んでくる。月光が巨大な突出した目や、あんぐりあいた口の中の途方もない歯並びや、ずんぐりした頑丈な前足の爪をギラギラ光らせている。わたしは恐怖の叫びを発してふり向くなり、あとも見ずに走りだした。怪物の息づかいが背後にますます追い迫ってくる。重々しい足音はもう完全に追いついてしまった。今にも背中につかみかかられるかと、まったく生きた心地もしなかった。突然バリバリッという音がして――わたしの体が宙に浮いた。あたりは真暗闇でなんの物音もしない。
 ふとわれにかえると――意識を失っていたのはせいぜい五分間ぐらいのものだろう――突き刺すような恐ろしい匂いが鼻をついた。暗闇の中で片手をのばすと、大きな肉の塊りのようなものに触れた。もう一方の手は巨大な骨を探し当てた。上を向くと丸い星空が見える。してみるとわたしは穴の中に落ちこんだものらしい。ゆっくり立ちあがって体じゆうにさわってみた。頭のてっぺんから足の爪先きまでどこもかしこも痛いところだらけだが、幸い手足はなんとか動くし、関節も別段異常はないらしい。穴に落ちこんだときの状況が混乱した頭によみがえってきたとき、頭上の星空に怪物のシルエットが浮かびあがるのではないかと、恐る恐る見あげたが、形はおろかなんの物音も聞こえなかった。そこで、運よく落ちこんだこの不思議な場所の正体を見きわめるべく、あらゆる方向にゆっくりと歩きまわってみた。
 前にも言ったように、そこは急な壁に囲まれ、底部の直径がおよそ二十フィートばかりある穴だった。平らな穴の底には腐敗のすすんだ大きな肉の塊りが散乱していた。空気は悪臭をはらんではなはだ不快だった。腐敗した肉塊につまずきながら歩きまわっているうちに、突然何かしら固いものにぶつかった。穴の中央にまっすぐな一本の柱が立っているのだ。てっぺんまでは手がとどかないほど高く、表面はぬめぬめした脂でおおわれていた。ふとポケットの中に錫すずの箱に入った蝋マッチがあることを思いだした。それを一本すってみて、ようやく穴の正体がおぼろげにわかってきた。性質については疑う余地がない。罠――それも人間の手で作られた罠だ。高さ九フィートほどの中央の柱は、てっぺんが鋭くとがり、それで刺しつらぬかれた動物の血でくろずんでいる。柱の周囲に散乱する肉塊は、つぎの獲物にそなえて前の獲物の体を切り刻んで柱からとり除いたときの残りものなのだ。わたしはチャレンジャー教授の言葉を思いだした。人間の貧弱な武器では徘徊する怪物どもにとうてい太刀打ちできないから、この台地に人間は住めないという言葉である。だが今や人間はここにも住めることが明らかになった。どんな人種かはわからないが、入口の狭い洞窟に人間が住みついている。そこは図体の大きな恐竜には入れないから、絶好の避難場所になる。一方知能のすぐれた彼らは、動物の通り道に木の枝でおおった落し穴を掘り、まともに立ち向かってはとうていかなわない強力な野獣を仕止めるすべもこころえている。人間はいつの時代でも支配者なのだ。
 
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09/22 00:52
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