走って来たのは、白木巡《じゆん》査《さ》だった。
「こちらでしたか!」
とハアハア喘《あえ》いで、「いや、息が切れて——もうトシですな」
「何かあったのか?」
と、室田が訊《き》くと、
「あ、そうでした。本部から電話が入っておりまして」
「ありがとう。すぐ行く」
「では——」
と、白木巡査は、また走って行ってしまった。
室田は、文江、草永と一《いつ》緒《しよ》に、戻《もど》りながら、言った。
「あの庄司鉄男の話は面《おも》白《しろ》いですな」
「その男女って、誰《だれ》だったんでしょう?」
「しかも、あの倉庫へ入《ヽ》ら《ヽ》な《ヽ》か《ヽ》っ《ヽ》た《ヽ》というのが愉《ゆ》快《かい》です。一体何の目的で、あの倉庫の方へ行ったのか」
「つけられているのに気付いたのかな」
と草永は言って、「しかし、どうでしょうね、僕《ぼく》がちょっと気になったのは、火が出るまでの時間なんです」
「時間って?」
と文江が訊《き》く。
「鉄男君の話だと、あの倉庫から、家へ戻《もど》るまでの間に、犯《はん》人《にん》は、倉庫へ入り、火を点《つ》けた。そして、火が、遠くからも見えるくらいに燃《も》え上ったってわけだろう」
「そうか。そんな短時間にね」
「どうでしょうね、刑《けい》事《じ》さん?」
「さあ、ああいう木《もく》造《ぞう》の倉庫ですからね、至《いた》って簡《かん》単《たん》に火は回ったでしょうが……」
室田は言った。「私が気になっているのは、むしろ逆《ぎやく》なんです」
「というと?」
文江が室田を見た。
「つまり、なぜ、あの倉庫は燃《ヽ》え《ヽ》尽《ヽ》き《ヽ》な《ヽ》か《ヽ》っ《ヽ》た《ヽ》のか、ということです」
室田の言葉に、文江と草永は顔を見合わせた……。
「ああ、お帰り」
公江が、縁《えん》側《がわ》で縫《ぬ》い物をしていた。
「ただいま。——遅《おそ》くなっちゃった」
「うめが、またいなくなったって騒《さわ》いでたわよ」
「行方《ゆくえ》不明にされそうね」
と文江は笑《わら》った。
「——金子さんが亡《な》くなったのは、聞いたろう?」
「うん。それで、駅まで行ってたの。庄司さんに久しぶりに会って話して来たわ」
「ああ、それは良かったね。変らないだろう、あの人は」
「本当ね」
「この村で、変らないのは、あの人ぐらいだろうからね」
「それとお母さん、でしょ」
「私《わたし》も老《ふ》けたよ。めっきり疲《つか》れやすくなったしね」
と、公江は言った。「——孫《まご》の面《めん》倒《どう》をみさせるつもりなら、私が元気のある間にしておくれ」
「当分、お母さんは大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》よ」
「七年前とは違《ちが》うよ」
と公江は微《ほほ》笑《え》んだ。「それはそうと、お寺の方に顔を出しておくれ。色々、手続きがあるらしいよ」
「うん。でも大変じゃないの。金子さん亡くなって」
「ああ、そうだねえ。じゃ、お通《つ》夜《や》のときにでも、きっと何かおっしゃるよ」
文江は畳《たたみ》に寝《ね》転《ころ》がった。
「お腹《なか》空《す》いたな。——ね、こうしていると、パッと食べるものが出て来る光景ってこたえられないね。一人でいると、つくづく思うわ」
「お前らしくもないよ、弱《よわ》音《ね》を吐《は》いて」
「弱音じゃないわ。素《す》直《なお》な感想よ。それでも、一人でいることには、換《か》えがたい良さがあるのよ」
「——奥《おく》様《さま》、お食事の——あら、お嬢《じよう》様《さま》、お帰りでしたか」
「私の分も何か作ってよ。何でもいいから」
「用意してございます」
と、うめは、得《え》たりとばかり、にっこり笑《わら》った。
昼食の後、文江は二階に上って、窓《まど》から、ぼんやりと外を眺《なが》めていた。
「——何してるんだ?」
と、草永がやって来る。
「考えてるの」
「何を?」
「帰っては来たものの、私に何ができるのかって」
「君らしくもないね」
「違《ちが》うの。弱気になってるんじゃないのよ。ただ——却《かえ》って、悪いことばかり巻《ま》き起こしてるような気がするの」
「さっきの連中のことが気になるの?」
「まさか。——いえ、多少はそうかもしれない」
と、文江は肯《うなず》いた。「でも、金子さんの死は必ずしも、私のこととは関係ないかもしれないでしょ」
「それはそうだよ」
「でも村の人はどう思うか。私のことをどう思われたって、それは平気よ。でも、連《れん》鎖《さ》反《はん》応《のう》のように、またそこから何かが起こるとしたら……」
「ねえ、忘《わす》れるなよ」
と、草永は言った。「七年前、村の人たちは、一人の若《わか》者《もの》を死に追いやった。そして、その責《せき》任《にん》は、今まで追《つい》及《きゆう》されずに来たんだ」
「でも——」
「まあ待てよ。それに、坂東が殺されている。これは君が動き出したことと関係があるだろう。でも君《ヽ》が《ヽ》殺したんじゃない。いいかい。あの老人の首に紐《ひも》を巻《ま》きつけて、絞《し》めた犯《はん》人《にん》がいるんだ」
「ええ」
「そんな残《ざん》忍《にん》な人間のやったことに、君が責《せき》任《にん》を感じる必要はない。そうだろう?」
「そうね……」
文江は肯《うなず》いた。
「治《ち》療《りよう》には薬がいる。そして、それには、どうしても多少の副《ふく》作《さ》用《よう》がつきものだよ」
文江は、草永の目を見て、軽く息をついた。
「ありがとう。気が軽くなったわ」
「僕《ぼく》は気を軽くする名人だからね」
文江はかがみ込《こ》んで、草永にキスした。
エヘン、と咳《せき》払《ばら》いが聞こえて、二人はあわてて離《はな》れた。うめが、澄《す》ました顔で座《すわ》っていた。
「室田様がおみえです」
——降《お》りて行くと、室田が、玄《げん》関《かん》先《さき》でぶらついている。
「室田さん。——上りません?」
「いや、お誘《さそ》いに来たんですよ」
と室田は言った。
「え?」
「これから、金子駅長の家へ行きますので、いかがですか?」
「でも——いいんですか?」
「もちろん。そのために来たんです。いや、実のところ、私はこの村ではよそ者ですからね。ぜひ一《いつ》緒《しよ》に行っていただきたい、というわけで」
文江は、室田の心づかいが嬉《うれ》しかった。
本来なら、公の捜《そう》査《さ》に、自分のような部外者を連れて行ってくれるはずがない。それを文江に負《ふ》担《たん》にならないような言い方さえしてくれる。
文江は、その親切に甘《あま》えることにした。
「すぐ仕《し》度《たく》して来ます」
ここは、草永が遠《えん》慮《りよ》して、文江と室田、二人で行くことになった。
文江は、グレーのスーツにした。通《つ》夜《や》の席というわけではないから、黒では却《かえ》っておかしいだろう。
金子の家では、あわただしい様子で、近所の人たちが動き回っている。
室田が来意を告げると、すぐに、金子の未《み》亡《ぼう》人《じん》が出て来た。
文江は、もちろん久《ひさ》しぶりに見るのだったが、印《いん》象《しよう》が変ったのに、ちょっとびっくりした。
前は、少し太り気味の、おっとりしたおばさんタイプだったのだが、ずいぶんやせて、少しきつい感じになった。
ただ年《ねん》齢《れい》のせい、というわけでもなさそうである。
「まあ、常石さんの——」
「お久しぶりです。この度は、本当に——」
と、言いかけるのを、
「まあ、どうぞお上り下さい」
と、夫人は遮《さえぎ》った。
室田と文江は、奥《おく》の座《ざ》敷《しき》に通されて、五、六分待たされた。
「——突《とつ》然《ぜん》だったもので、もう、どうしていいのか分りません」
と、夫人は入って来て言った。
室田は自《じ》己《こ》紹《しよう》介《かい》した後、すぐに質《しつ》問《もん》に入った。
「はい。主人はガンで、もう半年ぐらいだろうと聞かされておりました」
夫人——金子正《まさ》江《え》は、肯《うなず》いて、言った。「主人も知っておりました」
「それは、何となく察しておられたという意味ですか?」
「いいえ、お医者様から、直《ちよく》接《せつ》うかがっていたのです」
「それは珍《めずら》しいですね」
と室田は言った。「普《ふ》通《つう》、患《かん》者《じや》には告げないものでしょう」
「実は、たまたま、聞いてしまったんですの。お医者様が私《わたし》に話すのを。——で、お医者様も仕方なく……」
「なるほど。睡《すい》眠《みん》薬《やく》をお使いになり始めたのは、その頃《ころ》ですか?」
「もう少し前でした。多少、痛《いた》みがあって、眠《ねむ》れないことがあったようです」
「そして、診《しん》断《だん》を聞いてからは毎日?」
「はい」
「いつも何《なん》錠《じよう》飲んでおられました?」
「二錠です。それ以上は禁《きん》じられていましたので」
「すると、昨夜は……」
「あの火事騒《さわ》ぎがあったときには、まだ起きておりまして、すぐ飛んで行きました。——外の寒さも応《こた》えたようですわ」
「お戻《もど》りになって、どんな様子でした?」
「そうですね。——疲《つか》れていた、といいますか……」
「何か、おっしゃっていましたか?」
「はあ」
少し間を置いて、金子正江は言った。「俺《おれ》も充《じゆう》分《ぶん》働いたな、と申しまして……」
充分に、働いた。——いかにも、自殺しようという人間の言葉にふさわしい、と文江は思った。
しかし、少しふさわし過《す》ぎるような気もする……。
「その後は何を?」
「はい。薬を飲んで寝《ね》るから、と申して……」
「薬のことを、わざわざ言われたんですか」
「たぶん、いつもは私が用意していたから、今日は自分でやる、という意味だったんだと思います」
「それで、おやすみになったのは、何時頃《ごろ》でした?」
「火事騒《さわ》ぎが、あれこれ長引きまして……。もう一時近かったと思いますが」
「失礼ですが、おやすみになる部《へ》屋《や》は別々でいらっしゃる?」
「はい。何しろ主人は仕《し》事《ごと》柄《がら》、朝が早いものですから。主人の方から別にしてくれと言われたのです」
「なるほど。分りました。そしてそのままおやすみになった……」
「はい。で、今朝《けさ》、私がいつも通り、七時過《す》ぎに目を覚《さ》ましてみますと、いつもなら、もう出かけている主人が寝《ね》ているのです。昨夜の疲《つか》れのせいかしらと思って、少しそのままにしておきました。一《いち》応《おう》、庄司さんの所の息子《むすこ》さんもいることですし……」
「当然でしょうね、それは」
「でも、七時半になっても起きて来ないので、ちょっと気になりまして。後で、起こさなかったと叱《しか》られそうですから、行ってみたのです」
「で、様子がおかしいというので、連《れん》絡《らく》なさったわけですね」
「お医者様にすぐ来ていただいて……。でも、もう大分前にこと切れている、と言われたんです」
「その医者というのは?」
「宮《みや》里《さと》先生でしょう?」
と、文江が訊《き》いた。
「そうですわ」
「ここでは一番古くて、親しまれている先生です」
と、文江が、室田に説明した。「私も、ずっとお世話になっていました」
「なるほど。——で、奥《おく》さん、そのときに、薬のことに、気付かれましたか?」
「はあ……」
金子正江は、ちょっとためらって、「実は良く分りませんの。もう——何といいましょうか、頭に血が上がって、ポーッとなってしまって」
「それは無《む》理《り》ありませんよ」
と、室田が例によって同《どう》情《じよう》心《しん》溢《あふ》れた声で言った。
「それで、その後、宮里先生が、『これは一《いち》応《おう》警《けい》察《さつ》へ届《とど》けなくてはならん』とおっしゃったんです。変死ということで。——それで、初めて薬のことに気が付きました」
「薬が減《へ》っていた?」
「たぶん……。はっきりどれだけとは申し上げられないんですけど、少なくとも見た感じでは、大分減《へ》っていたようですの」
「なるほど」
と室田は肯《うなず》いた。
少し沈《ちん》黙《もく》があった。
「あの——」
金子正江は室田の顔を見ながら、「主人の遺《い》体《たい》はどうなりますでしょうか?」
と訊《き》いた。
「あ、その件《けん》ですか。いや——どうなっているか、私は報《ほう》告《こく》を受けとらんのですが。早《さつ》速《そく》調べて、お知らせします」
「どうぞよろしく」
と、正江は頭を下げた。「——お分りとは思いますけれど、こういう所では、警《けい》察《さつ》で調べがあったというだけで、色々と言われるものですから」
「ああ、そうでしょうな。よく分ります」
「今夜、通《つ》夜《や》の予定なのですが……」
「そうか。分りました。早急に連《れん》絡《らく》を取ってみましょう」
室田は、立ち上る様子を見せてから、「お子さんはいらっしゃらないんですか」
と訊《き》いた。
「はあ……。うちには一人も」
と正江は答えた。
「そうですか。どうぞお気を落とされないように」
室田は丁《てい》重《ちよう》に言って、立ち上った。
金子の家を出て、少し歩いてから、室田は文江に言った。
「どう思いました?」
「さあ……。室田さんは何か?」
「睡《すい》眠《みん》薬《やく》というのは、少々飲み過《す》ぎたって、死ぬようなもんじゃありませんよ」
「それじゃ——」
「いや、だからどうこう言ってるんじゃありませんがね」
「調べれば死《し》因《いん》は分りますわね」
「もちろんです。あの奥《おく》さんには申し訳《わけ》ありませんが、司《し》法《ほう》解《かい》剖《ぼう》ということになるでしょう」
「もし——毒《どく》殺《さつ》だとしたら——」
「ああ、もちろん、あの奥さんの犯《はん》行《こう》だとは言えませんよ。例の薬びんに近づける人間なら可《か》能《のう》だったでしょう。しかし、その場合は、睡眠薬と金子さんが思い込《こ》むほど似《に》ていなくてはならない」
「じゃ、薬以外の、水とかに入っていたとしたら?」
「そうなると、あの奥さんが疑《うたが》われても仕方ないでしょうね。他にあの家には人がいないのだから」
「でも、そんなことをするかしら? 自分が疑われるに決ってるのに」
「そうですよ。予《あらかじ》め計画した上でのことなら、そんな真《ま》似《ね》はしないでしょう。しかし、何かでカッとなると、後のことは考えませんからね」
「カッとなるって……。でも、どうせご主人は後何か月かで亡《な》くなるところだったわけでしょう?」
「そうです」
室田は肯《うなず》いた。「そこがこの一《いつ》件《けん》のポイントですな」
「——自殺、と考えるのが一番自然じゃありませんか?」
「夫人も、そう望んでいるようですな。しかし、さっきも言った通り、死ぬ気なら、少なくとも、睡《すい》眠《みん》薬《やく》を一つ残らず飲むくらいでなければ」
「そうか……。不自然ですね。いずれにしても」
「その通りです。——さて、その宮里という医者の話を聞きたい。案内してもらえますか?」
「ええ。すぐ近くですわ」
——文江は、古ぼけた、懐《なつか》しい建物の前で足を止めた。
「まだ看《かん》板《ばん》を書き直してないんだわ」
と、笑《わら》った。「これでも、〈宮里医院〉って書いてあるんですよ」
「ただの板ですな」
「七年前には、まだ〈宮〉の字は残ってたんですけど……」
文江は、相変らずきしんだ音をたてる扉《とびら》を開けて中へ入った。
「よお、これはお久《ひさ》しぶりだな」
医者というより、柔《じゆう》道《どう》か空《から》手《て》の教《きよう》師《し》みたいな、むさ苦しい様子の宮里医師が、のっそりと出て来た。
「先生、お変りないみたい」
「変りようがない。人口も増《ふ》えんから、病人も増えん。一向にもうからん」
「ちょっとお話があるんですけど」
「いいとも。間《ま》違《ちが》って子《こ》供《ども》でもできたか」
「先生ったら」
文江は吹《ふ》き出してしまった。
宮里は、室田の話に肯《うなず》いて、
「確《たし》かに、金子さんは薬物死でしたな」
と言った。
「睡《すい》眠《みん》薬《やく》は、こちらで?」
「いや、それは、隣《となり》町《まち》の総《そう》合《ごう》病《びよう》院《いん》で、もらっていたようだ」
「死《し》因《いん》に疑《ぎ》問《もん》を感じられましたか?」
宮里は両手を広げて見せ、
「こんな田舎《いなか》の医者ですぞ。変死を診《み》ることなど十年に一度だ。おかしいと思えば、後は警《けい》察《さつ》に任《まか》せる他《ほか》はない」
「ごもっともです。それが一番賢《けん》明《めい》なやり方ですな」
「しかし——」
と、宮里は言った。「寂《さび》しいものだ。あの夫《ふう》婦《ふ》とも長い付き合いだったが」
「あのご夫婦は、うまく行っていたんでしょうか?」
宮里は、ちょっと室田を見つめて、
「あんたも、見かけによらず鋭《するど》い方ですな」
と言った。
「先生と同じよ」
と文江が言うと、宮里は声を上げて笑《わら》った。
「かもしれん。——いや、このところ、あの二人、少しおかしかった。それは事実だ」
「おかしい、というと?」
「表立って喧《けん》嘩《か》するとか、そんなことはない。しかし、口のきき方や何かが、どことなく、よそよそしかった。特《とく》に女《によう》房《ぼう》の方が」
「変ですね」
と、文江は言った。「ご主人が不《ふ》治《じ》の病なんて分ったら、優《やさ》しくしてあげるのが、普《ふ》通《つう》でしょう」
「もちろん、しっかりさせようとして、却《かえ》って突《つ》き放すということもある。だが、あれはそれとも違《ちが》っていた。ただ冷たくなっていたんだ」
「——気の毒な駅長さん」
と文江は言った。
「当然、解《かい》剖《ぼう》になるでしょうな」
「そう思います」
「また、村の中は大《おお》騒《さわ》ぎになろう」
と宮里は、ふと立ち上って、埃《ほこり》で汚《よご》れ切った窓《まど》から、表を眺《なが》めた。「——なあ、文ちゃん」
「はい」
「あんたが帰って来て、この村は昼《ひる》寝《ね》から叩《たた》き起こされた羊《ひつじ》みたいに、駆《か》け回り始めたよ」
文江は、胸《むね》が痛《いた》んだ。
「——謝《あやま》りたいけど、そうはしません」
「もちろんだ! 偽《いつわ》りの上の眠《ねむ》りは、どうせいつか覚《さ》める。あんたは、いいときに戻《もど》って来たよ」
文江は微《ほほ》笑《え》んだ。——何となく、救われたような気がした。