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過去から来た女16
日期:2018-07-30 21:04  点击:303
 16 推《すい》 理《り》
 
 「文江! どうしたの?」
 村へ出て、通りを歩いていると、百代の声がした。
 「あ、百代。大きな声が出せないのよ」
 「どうしたっていうの?」
 買物に来たらしい百代は、重そうな袋《ふくろ》をぶら下げて、駆《か》け寄《よ》って来た。「夫《ふう》婦《ふ》喧《げん》嘩《か》?」
 「まさか。夫婦でもないのに。——ねえ、村で、アーチェリーやってる人、知らない?」
 「アーチェリー? 何だっけ、それ?」
 「弓《ゆみ》じゃないの。ほら——」
 「ああ、そうか。そうねえ……。でも、何で弓《ゆみ》なんか——」
 文江が頬《ほお》の傷《きず》を指して見せる。
 「ええ? じゃ、弓《ゆみ》矢《や》で? ひどいことするのね!」
 「誰《だれ》か私《わたし》を殺そうとしたらしいの」
 「そんな、平気な顔して……。本当に命落としてたら、どうするの?」
 百代は眉《まゆ》をひそめた。「犯人は?」
 「分んないから、訊《き》いてんじゃないの」
 「あ、そうか。——弓、弓と。どこかで聞いたわね。誰かがやってたはずよ」
 「村の人?」
 「そう。——誰だったかなあ」
 と、百代は首をかしげた。
 「思い出してよ!」
 と、文江が突《つ》っつく。
 「こら! 袋《ふくろ》押《お》すと卵が壊《こわ》れるよ」
 「あ、ごめん。割《わ》れたら弁《べん》償《しよう》するわ」
 文江と百代がもめていると、
 「やあ、何をやっとるんだ」
 と、白木巡《じゆん》査《さ》がのんびりとやって来た。
 「あっ、白木さん」
 と、文江は言った。「今、室田さんが会いに行きましたよ」
 「え? こりゃいかん。——その傷《きず》はどうしたんです?」
 「そのことで、室田さん、白木さんにお話があるようですよ」
 「そうですか。じゃ、急いで戻《もど》らんと」
 白木巡査があわてて行ってしまうと、百代が、
 「そうだ!」
 と手を打った。
 「どうしたの?」
 「白木さんよ。あの人、アーチェリー、やってたんだ!」
 「本当?」
 「もう大分前だけどね。ちょっとやって、みんなに散々冷やかされて、すぐやめちゃったんじゃなかったかな」
 「でも道具は持ってるかもしれないわね」
 「捨《す》てないでしょ、あの人、ケチだもの」
 百代の言い方に、文江は吹《ふ》き出した。
 それにしても……まさか白木が文江を狙《ねら》うわけもなし、これはどういうことだろう?
 
 「盗《ぬす》まれたって?」
 室田が目を丸《まる》くした。「それはいつのことだ?」
 「はぁ……」
 白木巡《じゆん》査《さ》は、頭をかいた。「かれこれ一か月くらいになりますか」
 「——放っといたのかね」
 「それが——大体、裏《うら》の小屋へ放り込《こ》んどいたので、ろくに見なかったんです。一か月くらい前に、他の物を捜《さが》しに行きまして、見えないのに気が付きまして、でも、きっとその辺に紛《まぎ》れ込《こ》んでるんだろう、と気にもしなかったんです。ところが一週間くらい前、久しぶりにやってみようかと思い、捜してみたのですが、どこにも見当らず……」
 「どこの小屋だね?」
 「この駐《ちゆう》在《ざい》所《しよ》の裏《うら》です」
 「案内したまえ」
 室田の不《ふ》機《き》嫌《げん》な顔に、見ていた文江はおかしくてたまらなかった。
 裏の小屋へ案内されながら、室田は、
 「大体、凶《きよう》器《き》ともなり得《う》るものを、簡《かん》単《たん》に盗《ぬす》まれるとは——」
 とブツブツ言っている。
 「室田さん、あんまり白木さんを責《せ》めないで下さいな」
 と、文江は言った。
 白木は冷《ひや》汗《あせ》を拭《ぬぐ》っている。
 「鍵《かぎ》はかかっていたのか?」
 と室田が訊《き》く。
 「それがその……あるにはあるのですが、すっかり錆《さび》がついておりまして……」
 「取り変えればいいだろう!」
 「はあ、予算の関係もありまして、その……」
 「南《なん》京《きん》錠《じよう》一つ、何十万もせんぞ」
 「それはまあそうですが……」
 こんな田舎《いなか》の村の駐《ちゆう》在《ざい》といって、はた目にはヒマそうであるが、その実、大いに忙《いそが》しい。何しろ、細々した用事ですぐ呼《よ》び出されるのだ。
 結《けつ》構《こう》、多《た》忙《ぼう》な職《しよく》務《む》なのである。
 「ここです」
 と、白木は、今にも倒《たお》れそうな小屋の前で足を止めた。
 「ひどい小屋だな。倒れて誰《だれ》かけがをしたらどうする」
 と、室田も八つ当り気味である。「開けてみろ」
 「はあ」
 鍵《かぎ》はなくても、戸はガタガタして、なかなか開かない。白木の方は、焦《あせ》っているから、なおのこと戸が開かず、エイッと力を入れると、戸が手前に外れて、一《いつ》緒《しよ》に引っくり返ってしまった。
 「何をやってるんだ」
 と、室田は苦《く》笑《しよう》して、中を覗《のぞ》き込《こ》んだが——。「おい、あれは何だ?」
 と、声を上げた。
 白木が戸をはねのけて、中を覗き、
 「あれっ!」
 と、ポカンと口を開けた。
 文江も覗き込む。——中に、アーチェリーの弓《ゆみ》が、転がっていた。
 
 「もう、わけがわからないわ」
 と、昼食の席で、文江は言った。
 「分らないことがあれば一年放っておけ、とよく父に言われました」
 うめが真《ま》面《じ》目《め》な顔で言った。
 「一年待ったら、殺《さつ》人《じん》犯《はん》は逃《に》げちゃうわよ」
 「この世の出来事は、総《すべ》てこの世で帳《ちよう》尻《じり》が合うものです」
 うめらしい哲《てつ》学《がく》だわ、と文江は思った。
 「お前も無《む》茶《ちや》ばかりやるから」
 と、公江が、昨夜草永と飲んで眠《ねむ》っていたことなどケロリと忘《わす》れたように言った。
 「で、弓《ゆみ》の方から、何か分ったの?」
 と草永が訊《き》いた。
 「だめね。ちゃんと指《し》紋《もん》は拭《ぬぐ》ってあったそうよ」
 「抜《ぬ》け目のない奴《やつ》だな」
 「それに、ずいぶん律《りち》儀《ぎ》な人ね」
 と公江が言った。「何もその場所へ戻《もど》さなくても、その辺に捨《す》てておけばいいのに」
 「それはそうね」
 と、文江は肯《うなず》いた。「そこは考えなかったわ」
 「君よりお母さんの方が探《たん》偵《てい》の素《そ》質《しつ》がありそうだね」
 と、草永が笑《わら》って、文江にジロリとにらまれ、口をつぐんだ。
 「——ともかく謎《なぞ》だらけよ」
 と、文江は言った。「まず和也君が銀行強《ごう》盗《とう》の一人だったということは、まず間《ま》違《ちが》いないとして、それならなぜ、殺されたのか」
 「誰《だれ》に、ということもあるね」
 「普《ふ》通《つう》に考えれば、仲《なか》間《ま》でしょうね。そして、お金は七年間、埋《う》めたままになっていた」
 「それから、君の帰《き》還《かん》だ。そこへどうかかわって来るか、も問題だぜ」
 「そうね。——そして、私を東京で脅《きよう》迫《はく》しかけたのは、誰か?」
 「何の話?」
 と、公江がキョトンとして訊《き》いた。
 「いいの。こっちの話。それから、東京で、坂東老人を殺したのは、果《はた》して、夫人だったのか?」
 「そして、夫人はどこへ消えたか、だな」
 「それから倉庫の火事。目的は何か?」
 「駅長の死。——毒殺とすれば、犯《はん》人《にん》と動機は?」
 「奥《おく》さんの様子がおかしかったという点もあるわ。それから、あの幽《ゆう》霊《れい》騒《さわ》ぎ」
 「あれは分らないね。少なくとも幽霊のふりをした人物は、金があそこに埋《う》めてあることを知ってたわけだろ」
 「欲《よく》のない人なのよ、きっと」
 「なぜ、わざわざみんなに知らせたのか」
 「自分で盗《ぬす》む気はなかったのね」
 「それから私を狙《ねら》った人物。アーチェリーを使ったのと、車でひこうとしたのは、別の人間らしい。——となると、仲《なか》間《ま》でしょうね」
 「当然だね。何だかてんでんバラバラの事《じ》件《けん》ばかりだな」
 「ね、だからわけが分らないのよ」
 文江はため息をついた。
 「お金ですよ」
 と、うめが言った。
 「え?」
 「人間、万事、お金です。お金の欲《ほ》しくない人間なんていません」
 「そりゃね……」
 「だから、お金が総《すべ》ての中心なんですわ」
 うめが引っ込《こ》むと、文江は、ちょっと考え込んだ。
 「——うめも、なかなかいい事を言うじゃないの」
 と、公江が言った。
 「そうね。——総ては七年前にさかのぼるんだわ。でなきゃ、私《わたし》が狙《ねら》われたりするはずがないもの」
 「あなたが帰って来たことで、何《ヽ》か《ヽ》が起ったのよ」
 「そうか」
 草永は肯《うなず》いた。「君が帰ったことで、一体どういうことが起ったのか」
 「起った、って……色々よ」
 と文江は肩《かた》をすくめた。
 「和也さんがあなたを殺してい《ヽ》な《ヽ》い《ヽ》ことが分ったわ」
 「そうね。それから……それぐらいじゃないの」
 「和也さんが無《む》実《じつ》だった。そ《ヽ》こ《ヽ》か《ヽ》ら《ヽ》、今度は何が起ったのか、を考えるのよ」
 と公江は言った。
 「両親を呼《よ》び戻《もど》そうとしたわ……」
 「それは当然考えられるね」
 と草永は言った。「いいかい、君が帰って来た時点で、誰《ヽ》か《ヽ》が、坂東夫《ふう》婦《ふ》が村へ帰って来るに違《ちが》いないと思ったんだ」
 「でも、その人物は、帰って来られては、まずかったわけね」
 「そうだ。特《とく》に、君が、坂東夫婦の所を訪《たず》ねて行くに違《ちが》いないと知っていたんだ。そして君を襲《おそ》った。諦《あきら》めさせようとしたんだろう」
 「でも、むだだった」
 「だから坂東老人を殺した」
 「でも、どうしてご主人だけを殺したのかしら?」
 「それは分らないね。奥《おく》さんは危《あや》うく、難《なん》を逃《のが》れたのかもしれない」
 「だとしたら、なぜ奥さんは警《けい》察《さつ》へ行かないで、この田《でん》村に、戻《もど》って来たのかしら?」
 「忘《わす》れちゃいけないよ」
 と、公江が言った。「あの夫《ふう》婦《ふ》は、息子《むすこ》が無《む》実《じつ》の罪《つみ》で、死へ追いやられたと思ってたからね」
 「警察を信じなくても当然か……。そうなると、あの夫婦へ、生活費を送っていたのは誰《だれ》だったのかが問題になるわね」
 「そうだな。しかし、それは別じゃないかな、つまり——」
 「殺人とは切り離《はな》して考えろってこと?」
 「そうさ。金を送ってたのは、ただあの二人に同《どう》情《じよう》していた人物かもしれない」
 「それはそうね」
 と、文江は肯《うなず》いた。
 「これで、一つのつながりができたじゃないか。君の帰《き》郷《きよう》から、坂東老人の殺害まで」
 「でも、どうして坂東さんが戻《もど》って来たらまずいの? 真《しん》犯《はん》人《にん》が出て来て、坂東さんが仕返しに来る、とでもいうのならともかく」
 「そうだな。あんな年《とし》寄《よ》り——といっちゃ失礼だけど、どういうまずいことがあったんだろう?」
 草永も考え込《こ》んだ。
 「——お金ですよ」
 と公江が言った。
 「え?」
 「さっき、うめが言ったでしょ。人間、万事お金だ、って」
 「そうか!」
 草永が指を鳴らした。「あ《ヽ》の《ヽ》家《ヽ》だ《ヽ》!」
 「あの家へ帰られるのが、まずかったのね!」
 と、文江も思わず声を高くした。
 「そうだ。もしかすると——」
 草永は考えながら、「あの家が空家になって、それから誰《だれ》かが金を埋《う》めたかもしれないぞ」
 「じゃ、和也君は強《ごう》盗《とう》の一人じゃなかった、っていうの?」
 「それはどっちとも言えないよ。しかし、あんな風に空家になってしまった家だ。あそこなら、安全に隠《かく》しておけるかもしれない、と思ったんじゃないかな」
 「そこへ坂東夫《ふう》婦《ふ》が戻《もど》って来ると……」
 「あの金を見付ける可《か》能《のう》性《せい》があるからね」
 「だから殺した。——なるほどね。その可能性は大ありだわ」
 文江は、すっかり興《こう》奮《ふん》していた。
 「ちょっと待って」
 と公江が声をかけた。「でも、あの空家が、もし取り壊《こわ》されて、家が建っちゃったらどうなるの? むしろ七年間、手つかずだった方が不思議なのよ」
 「それはそうね。——だから、そうはならないと犯《はん》人《にん》が知《ヽ》っ《ヽ》て《ヽ》い《ヽ》た《ヽ》としたら?」
 「つまり、持主の問題になる」
 と草永が言った。
 そのとき、エヘン、と咳《せき》払《ばら》いがして、文江は仰《ぎよう》天《てん》した。
 「失礼しました」
 室田が立っていたのである。「いや、みなさんのすばらしい推《すい》理《り》に聞き惚《ほ》れておりまして」
 「お人が悪いわ。さあ、どうぞ」
 と、公江が言った。「ご昼食は?——ではせめてコーヒーぐらい、お付き合い下さいね」
 「恐《おそ》れ入ります」
 室田は、席につくと、「今のお話は、大変面《おも》白《しろ》い。おそらく、真相をついているのではないかと思います」
 「室田さん。あの空家の持主は、誰《だれ》なんですか?」
 と文江が訊《き》く。
 「あそこは何ともややこしいことになっていましてね。抵《てい》当《とう》に入ったことが何度もあるのです」
 「というと、坂東さんが借《しやつ》金《きん》を?」
 「そのようです。理由は分りません。ともかく、少なくとも三回、抵《てい》当《とう》に入っているんです」
 「変ね、そんな話、初耳だわ」
 「私は耳にしたことがありますよ」
 と、公江が言った。「坂東さんは賭《か》け事《ごと》が好《す》きだったようね」
 「なるほど。その借金ですかね。ところで、最終的には、あそこは誰《だれ》の持物になっていたと思います?」
 室田が三人の顔を見回した。
 「——分らないわ」
 と文江が言った。
 「金子さんでしょう」
 と公江が言った。
 「どうしてお分りになったんです?」
 室田が目を丸《まる》くした。
 「金子さんが、よくみんなにお金を貸《か》しているという話は、聞いていましたからね」
 「お母さんは狡《ずる》いわ」
 と、文江は母をにらんで、「年の功ですものね」
 「まあね。でも、坂東さんに貸《か》していたのは初耳ね」
 「じゃ、七年間、ずっとあの家は金子さんのものだったんですね」
 「そういうことになります」
 と、室田は肯《うなず》いた。「金子駅長が、なぜ、あの家を、そのままにして放っておいたのかは分りません。まあ、そう高く売れるわけではないでしょうが、それでも、ただ持っているよりはいいと思いますがね」
 文江は肯《うなず》いた。——現《げん》に、あの隣《となり》には百代が住んでいるのだ。
 「それはつまり——」
 と草永が少し身を乗り出して、「金子さんが、あそこに金を埋《う》めてあるのを知っていたということですか」
 室田は、ちょっと考えて、
 「可《か》能《のう》性《せい》はあります」
 と慎《しん》重《ちよう》に返事をした。
 「でも、それなら、なぜ掘《ほ》り出さなかったの?」
 「そいつは分らないけど、他に理由が考えられるかい?」
 「まあ、金子さんにしてみれば、村では、もちろん顔は知られているし、もし金がどこかにあると知っていても、具体的な場所を知らなかったら、とても夜中に忍《しの》び込《こ》んで来て捜《さが》し回るわけにいかなかったでしょう」
 「そうね。もし見付かったら大変だし」
 「奥《おく》さんもやかましい人ですもの」
 と公江が言った。「ついつい、捜しそびれている内に、七年たったのかもしれませんよ」
 「そうね……。そこで金子さんの死もつながって来るわけだわ」
 「金子さんは毒殺された。すると——」
 「犯《はん》人《にん》は、金子さんが、死を間近にして、何もかもしゃべってしまうかもしれない、と恐《おそ》れた、ってのはどう?」
 と文江は目を輝《かがや》かせた。
 「なるほど。それなら筋《すじ》が通る」
 と、草永が肯《うなず》く。
 「ね、つまり、金子さんが、お金の秘《ひ》密《みつ》を、誰《だれ》かに話したのよ。七年間ですもの。何かの弾《はず》みで、ついしゃべってしまうことがあるでしょう」
 「なるほど。そいつは金子さんにしゃべられちゃ、困《こま》るわけだな」
 「で、先の短い金子さんを、わざわざ毒殺したってわけよ」
 「でも、それは誰なんだい?」
 文江は肩《かた》をすくめて、
 「分るわけないでしょ、私に」
 と言った。
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