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過去から来た女22
日期:2018-07-30 21:09  点击:344
 22 エピローグ
 
 「じゃ、うめ、後はよろしくね」
 と、玄《げん》関《かん》へ降《お》りて、文江は言った。
 「お世話になりました」
 と草永が礼を言う。
 「いいえ」
 うめがどっしりと座《すわ》って、「ずっとここにいらっしゃればいいのに」
 「ともかく、東京で式を挙《あ》げなきゃいけないのよ」
 「今《ヽ》さ《ヽ》ら《ヽ》ですか」
 とうめが言った。
 ——荷物を手に表に出ると、
 「あら、室田さん」
 と文江が言った。
 車が停《とま》っていて、室田が立っていた。
 「駅まで送りますよ」
 「まあ、すみません」
 二人が乗り込むと、室田は車を村の方へと走らせた。
 「——マスコミは割《わり》と静かですね」
 と草永が言った。
 「何しろ昔《むかし》の事《じ》件《けん》だし、それにここは田舎《いなか》ですからね」
 「みんなすぐに忘《わす》れて行くわ」
 と文江は言った。
 「村の人たちは別でしょうがね」
 と、室田は言った。「——あなた方には、ずいぶん、お世話になりました。お礼を言いますよ」
 「とんでもありませんわ」
 と文江は言った。
 村が見えて来た。
 「——室田さん」
 「何です?」
 「村の入り口で停《と》めて下さい」
 「どうするんですか?」
 「歩いて駅まで行きます」
 「しかし、それは——」
 「お願いします。先に駅へ行って、待っていて下さい」
 「——分りました」
 車はゆっくりと停《とま》った。
 文江は、外へ出ると、続いて降《お》りようとした草永を停めた。
 「一人で行くわ」
 「でもそれは——」
 「お願い。ここは私《ヽ》の《ヽ》故郷なのよ」
 草永は、ちょっと笑《わら》って、
 「好《す》きにするさ」
 と肯《うなず》いた。
 文江は、車が走り去ると、ゆっくりと村の通りを歩いて行った。
 ——通りに出ていた人たちが、文江を見ると、急いで家の中へ入ってしまう。子《こ》供《ども》をかかえて、母親も家へ駆《か》け込《こ》む。
 戸が閉《しま》り、窓《まど》がピシリ、ピシリ、と音をたてて閉《と》じた。
 そして、わずかに、隙《すき》間《ま》から覗《のぞ》く目は、敵《てき》意《い》と、冷たい無《む》関《かん》心《しん》を感じさせた。
 もう、ここは私の村じゃない、と文江は思った。
 静かだった。——風が渡《わた》って行く。その音さえ聞こえる。
 自分の足音だけが、耳についた。
 村を通り抜《ぬ》けながら、文江は、七年間の空白を、通り抜けていた。文江の足音は、七年の時を刻《きざ》む、時計の鼓《こ》動《どう》だった。
 ——帰って来た村。しかし、今は、文江はあの大都会へと「帰る」のだ。
 文江が帰ろうとした、七年前の故《こ》郷《きよう》は、もう、どこにも残っていなかった……。
 「やあ、お嬢《じよう》さん」
 鉄男がいつもの通り、ホームで迎《むか》えてくれた。
 「——大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》だった?」
 草永がやって来た。
 「ええ。——室田さんは?」
 「用があるからって……。君によろしくって言ってたよ」
 「そう」
 文江は、ホームの中央に出て、息をついた。
 ——よく晴れていた。
 「列車が来ますよ」
 と、鉄男が言った。
 レールを鳴らして、列車がやって来る。
 「鉄男君、元気でね」
 と文江は言った。
 「どうも。お嬢《じよう》さんも、また来て下さい」
 「そうね」
 文江は微《ほほ》笑《え》んだ。
 列車が停《とま》って、草永が、スーツケースを運び込《こ》む。
 がら空きの車内を見回して、この線も、いつまであるかしら、と文江は思った。
 窓《まど》際《ぎわ》に座《すわ》ると、列車が一《ひと》揺《ゆ》れして、動き出す。
 「おい!」
 と草永が言った。
 「え?」
 「見ろよ」
 窓から顔を出して、文江は思いがけないものを見た。
 赤ん坊《ぼう》を抱《だ》いた百代が、ホームの外に、立って、こっちへ手を振《ふ》っているのだ。
 文江は身を乗り出すようにして手を振った。
 「百代! 元気でね!」
 と叫《さけ》んだ。
 向うも叫び返したが、もう、聞こえなかった。
 ゆっくりと座《ざ》席《せき》に戻《もど》ったとき、草永の微《び》笑《しよう》に出会った。文江も、微《ほほ》笑《え》み返した。
 列車がスピードを上げた。といっても、大した速度ではなかったが。
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