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禁じられた過去22
日期:2018-08-19 11:58  点击:279
 21 命を賭《か》ける
 
 
「気が付きましたか」
 
 と、村内刑事が言った。「どうです、気分は?」
 
「何とか……。痛い!」
 
 起き上った山上は、顔をしかめた。
 
「ホテルの従業員がね、たまたまこの中の騒ぎを聞いていて、あんたは命拾いしたんですよ」
 
 と、村内は言った。
 
「刑事さん……ですね」
 
 と、山上はやっとベッドに起き上り、息をついた。
 
「何があったんです? 泥棒にしちゃ、どうも妙だ」
 
「いや……よく分らないんです。突然ガンとやられて」
 
 山上は、部屋の中を見回して、「財布をやられたかな」
 
「無事なようですよ。女の二人組で、拳《けん》銃《じゆう》を持っていたとか」
 
 山上は、村内を見た。
 
「女が二人?」
 
「そうです。ホテルのボーイが見ている」
 
「そうですか……」
 
 山上は後頭部のこぶに触って、顔をしかめた。
 
「レントゲンでもとってもらうんですな、山上さん」
 
「僕のことをご存《ぞん》知《じ》で——」
 
「ええ。実はあなたにお会いしたいと思っていたんですよ」
 
「というと?」
 
「今日、奥さんの入院されている病院へ行って来ました。娘さんとも話しましたよ」
 
 山上は唖《あ》然《ぜん》とした。
 
「何のことです?」
 
「水野智江子」
 
 と、村内は言った。「この名前に聞《き》き憶《おぼ》えは?」
 
「水野? ——さあ、一向に」
 
「殺された女です。あるマンションに愛人として囲われていた。犯人は相手の男と思われますが、今のところ、見付かっていない」
 
「その事件と……」
 
「この部屋に弾丸が一発落ちていました」
 
 と、村内は、ハンカチの上にのせた弾丸を見せた。「凶器と同じ口径の弾丸です。そして捜査に当っていた刑事を射殺したのとも」
 
 山上は、やっと刑事の言わんとすることが分って来た。
 
「僕が犯人だと?」
 
「そうは言っていません。あなたはここで殴られてのびていた。銃は女が持って逃げている。もっとも、後ろ姿だけで、人相は分りませんがね」
 
「それで……」
 
「水野智江子がマンションを借りるとき、男は不動産屋に会っている。連絡先、といって渡した電話番号はあなたの自宅の電話だった」
 
「そんな——。もし僕なら、女房もいるのに、自宅の電話など教えませんよ」
 
「まあ、そうでしょうな。しかし、どうもあなたが何かの形で、係《かかわ》り合っているのは確かなようだ」
 
 山上は、ゆっくりと立ち上った。
 
「ちょっと——失礼して、顔を洗いたいんですが。服も着がえていいですか」
 
 まだ裸の上にガウンをはおったきりなのである。
 
「どうぞ」
 
 と、村内は肯《うなず》いた。
 
 山上は、服をかかえて、バスルームへ入ると、ドアを閉め、ロックした。
 
 大きな鏡に向って立つ。いくらか顔色は悪いが、そうひどい様子ではなかった。
 
 顔を洗って、服を身につけ、くしで髪を整えると、何とか普通の状態に戻った。
 
 ——美沙。
 
 何があったんだ? 君は何に巻き込まれてるんだ?
 
 美沙が——若いころの山上にとっては、永久に手の届かない存在だったあの美沙が、泣いていた。その姿は、山上の胸を抉《えぐ》った。彼女が哀れというだけではなかった。自分自身の青春が、無残に滅びていくようだった。
 
 女を殺した拳銃。あれがもしその凶器なら、それで山上が自殺したと見せかけようとしたということは……。美沙がその女を殺したか、それとも、「愛している人」が女を殺したか、だろう。
 
 そして、その罪を、山上にかぶせてしまおうというのが、美沙の行動の意味だろう。それ以外には考えられない。
 
 しかし、それにしくじって、拳銃を持って逃げた。女二人で。
 
 してみると、もう一人の女が、美沙と共謀しているということになる。誰《だれ》だろう?
 
 あの刑事は一体どこまで知っているのか。美沙と山上の過去については? いや、美沙の名すら、出てはいないはずである。
 
 美沙。——僕を殺そうとした美沙。
 
 しかし、山上には、美沙を憎むことも、怒ることもできなかった。何もかもが「自分の思い通りに行く」ことに慣れていた美沙にとって、「追いつめられる」ことの恐怖はいかばかりだろう。誰《だれ》も助けてくれない、という事態は、そもそも美沙の人生にはなかったはずなのである……。
 
 今、美沙は逃げている。当然、山上が警察に話し、警官が逮捕に来ると思っているだろう。怯《おび》え、絶望しているだろう。
 
「美沙……」
 
 と、山上は呟《つぶや》いた。
 
 ——バスルームを出ると、
 
「いや、申しわけありません」
 
 と、山上は言った。「石頭で幸いでした」
 
「それで——お話をうかがいたいんですがね」
 
 と、村内刑事が言った。
 
「あなたを殴って逃げた女。誰なんですか?」
 
 山上は、ちょっと息をついて、言った。
 
「知りません」
 
 村内は、当惑した様子で、
 
「それはどういう意味ですか」
 
 と言った。
 
「本当に知らないんです。ホテルのバーで飲んでいて……。昼間からお恥ずかしいんですがね。家内のことはお聞きでしょう? どうにも気が滅入っていまして。そこで声をかけて来たのが、その女なんです」
 
「偶然に?」
 
「かどうか——。向うは知っていたのかもしれませんね。その不動産屋に男が渡した電話番号のことからいっても、いや、当然、僕をここへ誘い込んで、殺すつもりだったんでしょう」
 
「で、その女と寝たわけですね」
 
「——そうです」
 
 と、目を伏せて、「家内にはすまないと思いましたが」
 
「で……」
 
「女は僕のこめかみに銃を当てて、撃とうとしました。僕が眠ってると思ったんでしょうね。僕は争って、銃を取り上げました」
 
「女は何と言いました?」
 
「何も」
 
 と、山上は首を振って、「僕が女を問いつめてやろうと、洗面所で顔を洗って戻ってくると、いきなり後ろから、頭をガン、というわけです」
 
「もう一人の女の方は、全く見なかったんですか?」
 
「一緒に入ったわけじゃありませんからね。洗面所で顔を洗っている間に、女がドアを開けて、もう一人を中へ入れたんでしょう」
 
「ふむ」
 
 村内は、じっと山上を見ている。——信じてはいない。当然だろう。
 
 しかし、山上も、その村内の視線を真直ぐに受け止めて動揺しない自信はあった。
 
「——分りました」
 
 と、村内は長い沈黙の後に言った。「じゃ、その女の顔を、大体憶えてらっしゃいますね」
 
「何とか……。でも、部屋は暗かったし、バーだって明るくはないですからね。はっきりとは……」
 
「それはそうでしょう」
 
 と、村内は言った。
 
 少し、口調がよそよそしい。山上は敏感に、村内の気持の変化を感じ取った。村内は、山上をただの「被害者」とは見ていない。
 
 裏に何かあるのだ、と思っている。
 
 山上は、ちょっと息をついて、
 
「家内を見舞ってやりたいんですが、構いませんか」
 
 と言った。
 
「もちろん。パトカーで送りましょうか」
 
「いや、結構です。タクシーで行きますよ」
 
 と、山上は言った。
 
「山上さん。どうしてこれが落ちていたんですかね」
 
 村内はハンカチの上の弾丸を見せて、言った。
 
「さあ……。争ってるときにでも、落ちましたかね」
 
「憶えていますか?」
 
「いや、夢中でしたから」
 
「そうでしょうな」
 
 と、村内は肯いた。「いや、ご苦労さん。ちゃんと病院へ行かれた方がいいですよ」
 
「そうしましょう。何かありましたら、いつでもどうぞ」
 
「そうしましょう」
 
 山上は部屋を出た。
 
 ホテルを出ると、すっかり夜になっている。
 
 タクシーを拾って、秀子の入院する病院へと向った。エリも心配して待っているだろう。
 
 もちろん、警察の尾行があることは分っていた。
 
 あのホテルで山上が気を失っていたというだけで、あの刑事が飛んで来たということ自体、山上に監視の目が光っていることをうかがわせるに充分である。
 
 ——しかし、いくら自分が怪しまれても、美沙を告発することはできなかった。
 
 美沙。君は何をしようとしているのか。あの拳銃を持って、どこへ行ったのか。
 
 あの部屋で、村内という刑事は、実弾を一発見付けたが、山上が拳銃から抜いた弾丸は二発だったのである。
 
 
 
 病室のドアを開ける前に、看護婦が、
 
「あの、山上さん」
 
 と、声をかけて来た。
 
「はあ」
 
「ご伝言です」
 
 と、メモを渡してくれる。
 
「どうも」
 
 夜の病院である。つい、やりとりの声も小さくなる。山上はメモを広げた。
 
〈黒木は今夕死亡〉
 
 短い一言だった。——山上はポケットにそのメモをたたんで入れ、病室へ入って行った。
 
「——あなた」
 
 秀子がゆっくりと夫の方へ顔を向ける。
 
「やあ。——エリは?」
 
「さっきまで……いてくれたけれど」
 
 と、秀子は言って、「ごめんなさい、あなた」
 
「早く元気になれよ」
 
 山上は、妻の力のない手を握った。
 
「でも……私……」
 
「黒木は死んだ。今、病院から知らせがあったよ」
 
 秀子は目を見開き、じっと山上を見つめている。
 
「もう何もかもすんだことだ。忘れよう。三人で暮すのが、僕たちには一番向いてるよ」
 
「私……黒木と、関係が……」
 
「うん、分ってる。しかし——」
 
「結婚してから、少しして黒木は私を呼び出したわ。いやだと言えば、昔のことをばらすと言って。——二回。二回だけ、黒木に誘われて強引に……」
 
「分った。——分った」
 
 と、山上は肯いた。
 
「そのころ、エリを身ごもったわ。——あなたの子か、黒木の子か、私には分らなかった……」
 
「どっちでもいい。同じことだ。エリは僕らの子で、それに違いないんだ。そうだろう?」
 
「あなた……。でも、あの子が——」
 
「あの子も知ってる。あいつはしっかりしてるさ。大丈夫。こんなことでへこたれる奴《やつ》じゃない」
 
 山上は、妻の方へかがみ込んで、額に唇をつけた。
 
「あの……」
 
 看護婦がドアを細く開けていて、おずおずと声をかけて来た。「失礼します」
 
「はい」
 
 山上はあわてて体を起した。
 
「お電話が。山上忠男さん……でいらっしゃいますね」
 
「そうです」
 
 山上は立ち上った。
 
「こちらです」
 
 と、先に立って案内してくれる看護婦は、「TVでよく拝見しますわ」
 
「それはどうも」
 
「私、株をやってますの」
 
 と、ニッコリ笑って、「先生に教えていただきたいわ」
 
 山上はちょっと笑った。
 
「そういう方面にはさっぱりでしてね。——これですか」
 
「はい。ランプのついてるボタンを押して下さい」
 
 と、言って、看護婦は足早に歩いて行く。
 
「——もしもし。山上です」
 
 少し間があって、
 
「山上さん。よく聞いて」
 
 低く、かすれた女の声。
 
「どなた?」
 
「娘さんは預かったわ。警察に何もしゃべらないこと。いいわね」
 
 女の声は淡々としている。——山上の顔から血の気がひいた。
 
「君は——誰だ!」
 
 押し殺した声が震えた。
 
「誰でもいいわ。ともかく、娘さんは私たちの所にいる。分ったわね」
 
 山上は廊下へ目をやった。——もちろん、エリの姿はない。学校の鞄《かばん》は、秀子のベッドのそばに置いてあった。
 
「何が望みだ」
 
 と、山上は言った。「金か?」
 
「いいえ。——これから言う所へ来てちょうだい」
 
 と、女は言った。
 
「分った」
 
 山上は、必死で自分を落ちつかせる。
 
 エリ! 何てことだ!
 
 向うのはったりとは、思いもしなかった。女の話し方には、疑いを抱かせないものがあったのである。
 
 メモを取ると、
 
「〈405〉だな」
 
 と、山上は言った。「すぐに行く」
 
「そこでお会いしましょう」
 
 事務的な声。プツッと電話は切れて、山上は震える手で受話器を戻した。
 
 エリ! ——エリ!
 
 山上は、廊下を歩いて、エリがどこかにいないかと捜した。しかし、そう時間をむだにもできない。
 
 さっきの看護婦が戻ってくる。
 
「山上さん、何か捜しものですか?」
 
 と、呑《のん》気《き》に訊《き》く。
 
 もちろんそれは当然のことだ。腹を立てても仕方ない。
 
「ちょっとね」
 
 と、山上は言った。「出て来ます。家内をよろしく」
 
「はい。お任せ下さい」
 
 と、看護婦は快く肯いて、「戻られるんですか、また?」
 
 山上は行きかけた足を止め、
 
「ええ。——戻ります」
 
 と言った。「そのつもりです」
 
 そしてエレベーターへと急いで歩いて行った……。
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