やがて、その
人たちは、
厚くお
礼をいって、また
道を
歩いてゆきました。
「あんなような
子供があっては、
汽車に
乗るのが、どんなに
骨おりだかしれません。」
彼らの
去った
後で、みんなは、その
人たちの
停車場に
着いてから
先のことなどを
想像して
同情したのでありました。
昼から、
夜となく、つづいた
避難する
人たちの
群れも、さすがに、
真夜中になると、いずれも、どこかに
宿るものとみえて、
往来がちょっとの
間はとだえるのでした。
空を
仰ぎますと
天の
川が、
下界のことを
知らぬ
顔に、
昔ながらのままで、ほのぼのと
白う
流れているのでありました。
「もう、
何時ごろでしょうか。」
「二
時をすこし
過ぎました。」
あたりは、しんとしていました。このとき、あちらから、
山なりに
荷物を
積んで、
荷馬車がやってきました。
その
荷車を
引いているのは、
白い
馬でありました。そして、
先に
立って、
手綱を
引いている
男は、
体のがっしりした
大男でありました。
馬も、
男も、だいぶ
疲れているように
見えたのであります。
太郎のお
父さんは、これを
見て、
「どこからきたのですか、よほど、
遠いところからきなされたとみえますね。」と、やさしく
声をかけられました。
ゴト、ゴトと
重い
荷車を
馬に
引かせてきた
男は、
手綱をゆるめて
立ち
止まりました。
「
横浜から、
今日の
昼ごろ
出かけてまいりました。これから、もう一
里も
先へゆかなければなりません。
馬もだいぶ
疲れています。」と
答えました。
「そうとも、ここから
横浜までは、十
里あまりもありますからね。」
「六
郷川の
仮橋を
渡ってきなすったのですね。」
「ええ、そうです。また、この
荷物を
下ろして、すぐに、
今夜のうちに
帰るつもりです。」と、
馬を
引いてきた
男はいいました。
「また、
遠い
道を
帰るのですか。」
「あすの
晩方に、あちらへ
着きます。そして、あさっては一
日馬を
休めます。」と、
男は、
答えました。
夜警の
人々は、この
話を
聞いて、
人間も、
馬も、どんなに
疲れることだろうと
思いました。
こんなことは、
平常多くあることでありません。
汽車が
通っていれば、
汽車で
運搬されるのです。こうした、
変事があったときは、みんなが
助け
合ったり、
骨をおらなければならないのであります。
男は、また、
手綱を
引いて、ゆこうとしました。すると、
馬は、もうだいぶ
疲れているものとみえて、じっとして、
歩こうといたしませんでした。もっとこうして、
休んでいたいと
思ったのでありましょう。
しかし、いつまでも、
男はそうしていることができないのを
知っています。
休めば、
休むほど、
疲れは
出てきて、だんだん
歩けなくなるものだからです。
「ど、ど、さあ、
歩くだ。」と
男は、
馬を
心からいたわるように、やさしくいいました。
このとき、
男は、けっして、
馬をしからなかったのでした。ひとり
人間だけではなく、
馬でも、
牛でも、
感情を
解するものは、しかるよりは、やさしくしたほうが、いうことをきくものです。
馬は、また、
重い
荷車を
引いて
歩いてゆきました。
「こんなときは、
馬もなかなか
骨おりだ。」と、そのとき、
太郎のお
父さんといっしょに
夜警をしていた
人たちは
感じたのであります。
翌日のことでした。
太郎と
二郎とが、またちょっとしたことから、けんかをはじめましたときに、お
父さんは、
昨夜見た、あわれな
子供らや
遠いところから
歩いてきた
馬の
話を
二人にしてきかされました。
「かわいそうな
人たちのことを
思ったら、けんかどころではないだろう。」と、いわれましたときに、
二人は、ほんとうに
感心をいたしました。
太郎と
二郎は、
自分のいままで
読んでしまって
重ねておいた
雑誌や、
書物や、またおもちゃなどを
不幸な
子供たちにあげたいとお
父さんに
申しました。
「それは、いい
考えだ。」とお
父さんはうなずかれました。そして、
二人は、またお
父さんに
向かって、
「
白いお
馬は、もうお
家へ
帰ったでしょうか。」と
兄弟は、一
日の
間に
幾たびも
思い
出しては、
聞いていたのでありました。