子供の時分の話(2)
日期:2022-11-01 16:53 点击:291
そればかりでありません。私の祖母や、母親は、私を家の前からけっして遠くへはやらなかったのであります。
「一人で、遠くへゆくと、人さらいがきて連れていってしまうから、家の前から遠くへいってはいけない。」と、つねにいいきかされていたのであります。
だから、遊ぶ友だちのない、ただ自分一人のときは、ぼんやりとして、日の当たる路の上に立っていました。そして、だれかいっしょに遊ぶ友だちが出てこないものかと待っていました。
ある日のことです。私は、やはりこうして一人さびしく往来の上に立っていました。けれど、犬一ぴきその姿を見せなかったのです。ただ路の上には、なにか小さな石が日に照らされて光っていました。そして、とんぼが、かなたの圃の上を飛んでいるのが見えたばかりです。
私は、退屈でしようがなかったのです。このとき、遠くでチャルメラの音が聞こえました。私は、飛びたつように勇気づけられました。いくらそのおじいさんが無愛想でも、ずっと昔からこの村にくるので、まったくの顔なじみであったから、けっして他人のような気持ちがしなかった。そのそばへいって、屋台にさしてあるいろいろな色紙で造られた小旗の風になびくのを見たり、チャルメラの音を聞こうと思いました。また、きっとよそからも、友だちがそこへ集まってくるにちがいないと思ったので、私は、さっそく駆けだしました。
城跡のところにいきますと、いつもおじいさんが屋台を下ろす場所に屋台が置いてありました。そこからチャルメラの声が聞こえてきました。そして、今日はいつもより、紫色の紙の小旗がたくさんにちらちらと見えましたので、早く変わった光景をながめたいと走っていきました。
すると、それは、いつものおじいさんじゃありませんでした。私は、このはじめて見るおじいさんを不思議に思いました。おじいさんは、こっちを向いて、にっこり笑っていました。そして、私がだんだん不思議に思いながら近づくと手招ぎをしました。そのおじいさんの顔は、白くて目が光っていました。私は、このおじいさんが、いつものおじいさんと異って、愛嬌があるのにもかかわらず、なんとなく気味悪く思いました。
「さあ、おいでよ、おいでよ。」と、おじいさんはいいました。私は、自分一人だけで、ほかに友だちがなかったから、あまり屋台には近寄らずに、離れてぼんやりと立っていますと、
「ここまでくると、おもしろいからくりを見せてやる。さあさあ早くおいで、一人のうちはお銭をとらない。さあさあ、早くおいで。」と、おじいさんはいいました。
私は、からくりを見たさに、だんだんと近寄っていきました。
「さあ、その孔からのぞき。第一は姉と弟とが、母親をたずねて旅立つところ。さあさあのぞき。一人のうちはお銭を取らない。」
私は、屋台にかかっている箱の孔をのぞいてみました。すると、旅姿をした姉と、弟の二人が目に映ったのであります。
「つぎは、途中で、二人が悪者に出あうところ。」
と、おじいさんがいって糸を引きますと、青い、青い、海原が見えて、怖ろしい姿をした悪者が、松の木の蔭に隠れて、かなたから歩いてくる二人のようすをうかがっていました。
これから、どうなることだろうと思っているうちに、おじいさんは孔の中を真っ暗にしてしまいました。
「さあ、これから二人が、人買い船に乗せられて沖の島へやられるところ、もっと先までいくと見せますよ。さあ、いっしょにおいでなさい。」と、おじいさんは屋台をかついで、お城の中へ入っていきました。
私は、悪者が、姉と弟をどんなめにあわせるだろうと思うと、かわいそうになって、ついそれが見たくて、あめ売りの後についていきました。あたりはまったく圃で、人一人通らなかったのであります。
不意に、おじいさんは屋台を下ろすと、私を捕らえました。私はびっくりして声をたてる暇もなく、おじいさんは私の口に手ぬぐいを当て、もののいえないようにして、
「いいところへ連れていってやるから、おとなしくして、この箱の中に入っているのだ。」と、私を箱の中へ入れてしまいました。それをかついでおじいさんは、とっとと途を歩いていきました。
狭い、身動きもできないような真っ暗の箱の中に押しこめられて、私はしかたなくじっとしていました。おじいさんは、どこを通っているのだかわかりませんでした。その後はチャルメラも吹かずに、さっさと歩いていました。
「あんまり、一人で遠くへゆくと、人さらいに連れられていってしまう。」といった、祖母や母親の言葉が思い出されて、私は、しみじみ悲しくなって泣いていました。