おじいさんは、
酒が
好きでしたから、せっかく
持ってきたものをと
思って、さっそく、
徳利を
取ってすぐに
飲みはじめたのであります。
酒を
飲むと、おじいさんは、ほんとうに、いい
気持ちになりました。いくら、
家の
外で、
寒い
風が
吹いても、
雪が
降っても、おじいさんは
火のかたわらで
酒を
飲んでいると、
暖かであったのです。
酒さえあれば、おじいさんは、
寒い
夜を
夜業までしてわらじを
造ることもしなくてよかったので、それから
夜も
早くから
床にはいって
眠ることにしました。おじいさんは
眠りながら、
吹雪が
窓にきてさらさらと
当たる
音を
聞いていたのであります。
明くる
朝、おじいさんは、
目をさましてから、
戸口に
出て、
柱を
見ますと、
昨日空の
徳利を
懸けておいたのに、いつのまにか、その
徳利の
中には、
酒がいっぱい、はいっていました。
「こんなにしてもらっては、
気の
毒だ。」と、おじいさんは、はじめのうちは
思いましたが、いつしか
毎日、
酒のくるのを
待つようになって、
仕事は、
早く
片づけて、
後は、
火のかたわらでちびりちびりと
酒を
飲むことを
楽しみとしたのであります。
ある
日のこと、おじいさんは
柱のところにいってみますと、
空の
徳利が
懸かっていました。
「これは、きっと
小僧さんが
忘れたのだろう。」と
思いました。
しかし、その
翌日も、その
翌日も、そこには、
空の
徳利がかかっていました。
「ああきっと、
永い
間酒をくれたのだが、もうくれなくなったのだろう。」と、おじいさんは
思いました。
おじいさんは、また、
自分から
働いて、
酒を
買わねばならなくなりました。そこで、
夜はおそくまで、
夜業をすることになりました。
「なんでも、
他人の
力をあてにしてはならぬ。
自分で
働いて
自分で
飲むのがいちばんうまい。」と、おじいさんは、
知ったのであります。
しばらくたつと、
酒屋の
小僧がやってきました。
「じつは、せんだってまたこまどりが、どこかへ
逃げてしまったのです。もう、ここへはやってきませんか?」といいました。
おじいさんはそれで、はじめてもう
酒を
持ってきてくれないことがわかったような
気がしました。
「どうして、
大事なこまどりを二
度も
逃がしたのですか。」と、おじいさんは
怪しみました。
「こんどは、
主人が、ぼんやりかごの
戸を
開けたままわき
見をしているうちに、
外へ
逃げてしまったのです。」と、
小僧は
答えました。
「それが、もし、おまえさんが
逃がしたのならたいへんだった。」と、おじいさんは、
笑って、
「どんな
人間にも、あやまちというものがあるものだ。」といいました。
おじいさんは、
毎晩、
夜おそくまで
仕事をしたのであります。またおりおり、ひどい
吹雪もしたのでした。
おじいさんはうす
暗いランプの
下で、わらをたたいていました。
吹雪がさらさらと、
窓に
当たる
音が
聞こえます。
「ああ、こんやのような
晩であったな。こまどりが
吹雪の
中を、あかりを
目あてに、
飛び
込んできたのは。」と、おじいさんは
独り
言をしていました。
ちょうど、そのとき、おりもおり
窓の
障子にきてぶつかったものがあります。バサ、バサ、バサ……おじいさんは、その
刹那、すぐに、
小鳥だ……こまどりだ……と
思いました。そして、
急いで
障子を
開けてみますと、
窓の
中へ、
小鳥が
飛びこんできて、ランプのまわりをまわり、いつかのように、わらの
上に
降りて
止まりました。
「こまどりだ!」と、おじいさんは
思わず
叫んだのです。
おじいさんは、このまえにしたように、また、かごの
空いたのを
持ってきて、その
中にこまどりを
移しました。それから、
雪を
掘って、
青菜を
取り、また
川魚の
焼いたのをすったりして、こまどりのために
餌を
造ってやりました。
おじいさんは、そのこまどりはいつかのこまどりであることを
知りました。
そして、それを、
酒屋の
小僧に
渡してやったら、
主人がどんなに
喜ぶだろうかということを
知りました。
そればかりではありません。おじいさんは、このこまどりを
酒屋へやったら、
先方は、また
大いに
喜んで、いままでのように、
毎日、
自分の
好きな
酒を
持ってきてくれるに
違いないということを
知りました。
おじいさんは、どうしたら、いいものだろうと
考えました。
こまどりは、おじいさんのところへきたのを、うれしがるように
見えました。そして、その
明くる
日からいい
声を
出して、
鳴いたのであります。
おじいさんは、このこまどりの
鳴き
声を
聞きつけたら、いまにも
酒屋の
小僧が
飛んでくるだろうと
思いました。
寒い、さびしかった、
永い
冬も、もうやがて
逝こうとしていたのであります。たとえ
吹雪はしても、
空の
色に、はや、
春らしい
雲が、
晩方などに
見られることがありました。
「もう、じきに
春になるのだ。」と、おじいさんは
思いました。
山から、いろいろの
小鳥が、
里に
出てくるようになりました。
日の
光は、一
日ましに
強くなって、
空に
高く
輝いてきました。おじいさんは、こまどりのかごをひなたに
出してやると、さも
広々とした
大空の
色をなつかしむように、こまどりはくびを
傾けて、
止まり
木にとまって、じっとしていました。
「ああ、もう
春だ。これからは、そうたいした
吹雪もないだろう。
昔は
広い
大空を
飛んでいたものを、一
生こんな
狭いかごの
中に
入れておくのはかわいそうだ。おまえは、かごから
外へ
出たいか?」と、おじいさんは、こまどりに
向かっていっていました。
こまどりは、しきりに、
外の
世界に
憧れていました。そして、すずめやほかの
小鳥が、
木の
枝にきて
止まっているのを
見て、うらやましがっているようなようすに
見えました。
おじいさんは、
酒屋へいってかごの
中にすむのと、また、
広い
野原に
帰って、
風や、
雨の
中を
自由に
飛んですむのと、どちらが
幸福であろうかと、
小鳥について
考えずにはいられませんでした。
また、
酒の
好きなおじいさんは、この
小鳥を
酒屋に
持っていってやれば、これから
毎日自分は、
夜業をせずに、
酒が
飲まれるのだということをも
思わずにはいられませんでした。しかし、おじいさんはついに、こまどりに
向かって、
「さあ、
早くにげてゆけ……そして、
人間に
捕まらないように、
山の
方へ
遠くゆけよ。」といって、かごの
戸を
開けてやりました。
もう、
気候も
暖かくなったのでこまどりは、
勇んで、
夕暮れ
方の
空を、
日の
落ちる
方に
向かって
飛んでゆきました。その
後また、
吹雪の
夜はありましたけれど、こまどりは、それぎり
帰ってはきませんでした。